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手前味噌のススメ

「手前味噌」と言えば、現代人の感覚では「自画自賛」することで、あまり良い意味には使われません。しかし、本来の意味は「自家製の味噌」のこと。かつて味噌は各家庭で手づくりすることがあたりまえで、自分がつくった味噌を互いに自慢し合ったことからできた言葉だといいます。お金を出せば、何でも手に入る昨今。私たち現代人は、そんなふうに誇れる手づくりの味を持っているでしょうか?

味噌汁の危機?

海外でもMisoで通じる味噌は、日本が誇る発酵食品のひとつ。古くから日本人の重要なタンパク源であり、日々の食生活に欠かせないものでした。それを使った味噌汁は、「おふくろの味」を思い起こさせる代表的な料理ですし、故郷や家族の思い出と味噌汁の味が重なるという方も多いでしょう。
ところが、最近のある調査では、その味噌汁が「絶滅危惧種」だという報告も。和食離れが進んで味噌汁を飲む人が少なくなり、先人の知恵の結晶ともいうべき味噌が日本の食卓から消える可能性すらあるというのです。

手づくり味噌の楽しみ

その一方、自分で食べる味噌を自分の手でつくろうという動きもあり、味噌づくりのワークショップに参加する人も増えています。
味噌づくりを始めるきっかけは人それぞれですが、もっとも多いのは食の安全を求める気持ち。材料を自分の目で確かめて選び、余計なものを加えずに仕込んだ味噌は、毎日の食卓に大きな安心をもたらしてくれるからです。
そして味噌を手づくりした人が一様に言うことは、「予想以上に簡単だった」「楽しかった」という感想。また半年から1年寝かせた後に食べてみた感想は、「今まで買っていたどんな味噌よりもおいしい」というもの。楽しくつくって、おいしく食べて、しかも安心となれば、手前味噌にハマる人が多いのも当然でしょう。

微生物のチカラ

大豆と塩と麹だけでつくる味噌は、仕込みの作業もいたってシンプルです。煮大豆をつぶして塩・麹と混ぜ合わせ、団子状の塊にしたそれを容器に詰めるだけ。そして4~5ヵ月後に、一度ふたを開けて上下をひっくり返す「天地返し」を行い、あとはひたすら熟成の時を待ちます。その間に仕事をしてくれるのは、カビの一種である麹菌。目に見えない小さな生きものが活動して発酵を促し、半年から1年後には、うま味や香りのある味噌に変わっているのです。

発酵の面白み

年に一度、近隣で集まって翌年の味噌を仕込む人たち。

発酵食品である味噌は、同じ条件下で仕込んでも、その後の環境によって、仕上がりの味が違ってくるといいます。材料を仕込んだ後、それを味噌に変えていくのは、人間ではなく麹カビ。そのカビたちは生きものなのですから、置かれた環境によって働き方が違っても、たしかに不思議はありません。
その違いは、ワークショップなどで一緒に仕込んだ人がそれぞれの家に持ち帰り、1年後に「手前味噌」を持ち寄って食べ比べをしてみると、よくわかるとか。同じ場所で同じ材料で同じ方法で仕込んだはずなのに、大きく、あるいは微妙に、味が異なるというのです。仕込んだ味噌樽を持ち帰って寝かせた場所の温度や湿度や風通し、もしかしたら、その家の空気まで影響しているのかもしれません。味噌はまさに、風土が醸す味。家風という言葉があるように、家ごとに風土も違い、それがそのまま味に反映されるのでしょうか。

風土と味噌

九州の麦味噌、中京地域の豆味噌、仙台の赤味噌といったように、味噌は昔から地域性がはっきりした食品です。土地の気候風土や収穫される農作物、そこに住む人たちの嗜好などに影響を受けながら、各地でさまざまな味噌がつくられてきました。
そして、人がおいしいと感じる味噌は、おそらく幼い頃から慣れ親しんだ味噌。味噌汁が故郷の思い出につながるのは、その土地に根ざした味だからなのでしょう。手前味噌をつくるということは、自分を育んでくれた味を確認しながら、家族の味をつくり伝えていくことなのかもしれません。

最近では、味噌づくりの材料やキットを扱う味噌蔵が増えてきました。味噌づくりのワークショップは各地で開催されていて、初心者向けには、煮大豆を用意するところもあるとか。子どもにも楽しめる簡単な作業ですから、親子で一緒につくってみてはいかがでしょう。それはきっと、何よりの食育になるはずです。
みなさんは、手前味噌についてどう思われますか?

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食品

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