2地域居住 ─富士山と東京、行ったり来たり─
東京から約100km離れた富士山の北麓で暮らしながら、週の半分近くは仕事で東京へ。そんな2地域居住を続ける研究所スタッフのブログです。過去50回にわたって連載したブログ「富士山麓通信」の続編となる今シリーズでは、時折り都会の出来事も織り交ぜながら、暮らしのあれこれを綴ります。

18.空師さんがやって来た

2021年04月28日

東京から富士北麓に移住して20年。家の周りの森の景色が、知らず知らずのうちに変化しているのを感じます。例えば、散歩道の途中にあるお宅がいつの間にか周囲の樹々におおわれていたり、富士山がよく見えていたはずの場所なのにいつの間にか見えなくなっていたり。もちろん富士山が動くわけはなくて、20年の間に樹々が視界を遮るまでに育ってきたということです。
人の手を加えない里山がいつしか荒れ果てていくように、この森全体がそろそろ手を入れなければならない時期に来ているのかもしれません。このところ森のあちこちで連日のようにチェーンソーの音が響いているのも、おそらくそんな理由からでしょう。

わが家の庭も例外ではありません。ガレージ横のアカマツをはじめ3本の樹が巨大になり、大きく張った枝がかなり危ない感じになってきたのです。雪の重みや台風で車や家を直撃しかねないほどになり、その季節になると、いつもハラハラ。そういえば、3年前の台風で1週間以上停電になったのも、どこかで大木が倒れて電線を直撃したからだと聞きました。

冬には、凍り付いた大枝が軒先まで垂れ下がってくることも。

それに加えて、玄関傍のカラマツは中の腐食が始まっているらしい。となると、長年一緒にいた愛着のある樹でも、伐採するしかありません。樹々の芽吹きが始まる前に、思い切って庭の大木3本を切ることにしました。

ガレージ横のカラマツ。高さ約30メートル、円周2メートル以上あり、大きな枝が落ちる可能性があるため、台風のときは車を移動していました。

樹の伐採といえば、ふつうはチェーンソーで切ってどーんと倒していく方法。それには樹を横倒しできるだけの広いスペースが必要ですが、わが家の庭にそんなスペースはありません。そのうえ傾斜があるため、大きな重機を入れるのも無理。となると…「空師(そらし)に頼みましょう」と地元の親方。
空師とは、高い木に登って木を伐採するプロフェッショナルです。高い建物がなかった時代、高木に登ってする作業が空に一番近いということで、空師と呼ばれるようになったとか。ソラシ…なんだか音階のようで、言葉の響きも軽やかです。機械化の進んだ今、そうした技術が受け継がれていたこと自体驚きですが、この界隈にも7~8人の空師さんがいると聞いてまたまた驚きました。考えてみれば、敷地に余裕のない現代だからこそ、ニーズが高いのかもしれません。

3月末の三日間、軽トラの荷台に道具類一切を積んで空師さんがやってきました。伐採作業で見慣れたクレーン車などに比べると、なんと軽装備! 職人仕事が大好きな家人は、興奮して三日間へばりつきで見ていました。

身に着けている用具は、すべて輸入品。脛(すね)から靴底のスパイクまで一体化した装具もありました。

高木に登るって、いったいどういう人なんだろう? 高所恐怖症の私は忍者でも迎えるような気分でしたが、「子どもの頃から特に木登りが好きだったというわけでもない」「初めて仕事で高い樹に登ったときは足の裏がムズムズした」と聞いて、ちょっと親近感を抱きました。
では、忍者でもない普通の人がどうやって高木に登るのかといえば、「ツリークライミング」という手法。空師に近い仕事をする人のことを欧米では「アーボリスト」と呼ぶそうですが、「アーボ」はラテン語で「高い樹」の意味。「ツリークライミング」は、そのアーボリストが高い樹を管理するために開発した技術で、専用のロープやサドル(安全帯)、安全保護具を利用して樹に登るといいます。

さて、作業開始。といっても、いきなり樹に登るわけではなくて、まずは樹の枝に向かってスローウエイトという錘(おもり)を投げ、スローラインという紐を引っ掛けます。

そしてスローラインを利用してロープを樹に掛け、そのロープを使いながら登っていくという手順です。

ただ登るだけでも大変なことですが、目的は樹上での作業。高みに向かって登りながら、ノコギリやチェーンソーを駆使して片側ずつ枝をきれいに落としていくさまは、職人芸としか言いようがありません。

それにしても、てっぺんは地上約30メートル。空師さんが、「最初のうちは、高いところに登ると船酔いのような気分になったこともある」と言うように、下から見上げるだけでも、くらくらしそうです。
でも、慣れてくると「ロープを使うツリークライミングで登るときは、怖くない」のだとか。逆に「ロープなしで屋根に上ったりハシゴに上ったりする方が怖い」と言いますから、ロープはまさに命綱なんですね。

その命綱を使って、樹から樹へと移動する「綱渡り」もありました。なんだかサーカスを観ているようで、ただただ驚きです。

枝を「払い落とす」と言うものの、どこへでも「落とす」わけにはいきません。枝をロープにくくりつけ、敷地内の狙いを定めた場所へそっと下ろしていきます。

ここで物を言うのが、仲間との連携プレー。実は空師さんの仕事は単独ではできなくて、仲間とチームを組んで二人か三人でやるものだといいます。下にいる人は単なるアシスタントではなく、周辺の情報を細やかに伝えながら、空師さんの切った枝や幹を受け取る役も。このチームプレイがうまく行かないと、思わぬ事故にもつながるのだそうです。

さて、こうして枝を払い落とした後は、いよいよ幹の伐採。てっぺんから少しずつカットしていきます。

仲間との連携プレーを支えているのは、ヘルメットに仕込まれたワイヤレスマイク。

下ろされた枝や幹は、その場でどんどんカットされていきます。
これらの木をそのまま引きとってもらうこともできますが、引き取られた木は産業廃棄物扱いで、捨てられるだけ。もちろん、森に暮らす人間としては、そんなことはできようはずがありません。せめて樹の命を生かし切ることが樹への感謝だと思うから、冬場の暖炉や薪ストーブの燃料にするだけでなく、庭の柵にしたり椅子にしたりとこれから知恵を絞って有効活用するつもりです。
とはいえ、この膨大な木をどう活かしていくか…やや体力の衰えてきた昨今、力仕事をどうするかは私たちにとって大きな課題になりつつあります。

伐採が終わって家の周囲を見直してみると、なんだか日差しの降り注ぎ方が違う感じです。

左:伐採前 右:伐採後

自然の中で暮らしてみて実感するのは、自然はいつもやさしいばかりではないということ。そして人の手をまったくかけずに放置すると、自然の力に押されて人は住めなくなってしまうということ。
もちろん自然をねじ伏せるというのではなく、自然を生かしつつ、どこかで折り合いをつけながら自然と共存していくことが大事なのでしょう。

高いところを見上げて楽しんだ三日間。その間にも足元では、蕗の薹が顔を出してくれました。作業で踏まれず生き延びてくれたことに感謝して、春の苦みをいただきます。

少し遅れてアジサイの樹が芽を出し、クリスマスローズも開花。2週間後には、庭の富士桜もほころび始めました。
長かった冬を終えて、富士北麓は、いよいよ春本番です。

[関連サイト]ツリーワークミヤ

  • プロフィール くらしの良品研究所所員
    M.Tさん

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