2地域居住 ─富士山と東京、行ったり来たり─
東京から約100km離れた富士山の北麓で暮らしながら、週の半分近くは仕事で東京へ。そんな2地域居住を続ける研究所スタッフのブログです。過去50回にわたって連載したブログ「富士山麓通信」の続編となる今シリーズでは、時折り都会の出来事も織り交ぜながら、暮らしのあれこれを綴ります。

⑩モノとヒトの間

2019年09月04日

私の住んでいる村は、観光地として名高い富士河口湖町と富士吉田市に隣接しています。わが家からの距離は、いずれも車で20分程度。富士吉田市は、山梨側からの富士登山のスタート地点であり、私が東京通いに利用するバス停もこの町に。今回は、隣町で出会った「ものづくり」の人々をご紹介しましょう。

ハタオリのマチ

富士吉田市は、千年以上の歴史をもつ織物の産地です。富士の湧き水で色鮮やかに染めた糸を使ってきめ細かく織り上げる技術は、世界トップクラスとも。しかし織物産業の衰退がいわれる近年、機織りの町を取り巻く状況は厳しいものがあり、廃業していった職人さんも多いと聞きます。
その一方で、縮小化していく繊維産業をハタオリマチと名付けてとらえ直し、街が活気づく楽しい仕組みをつくっていこうという動きも。そんな活動の中から生まれた秋のお祭りが、機織りの町を体感できるイベント「ハタオリマチフェスティバル」です。そのプレイベントとして「SUMMER PARTYハタオリマチの夏祭り」があると聞いて、昼の部のマーケットを覗いてみました。

流しの洋裁人

会場で最初に目に飛び込んできたのは、「流しの洋裁人」と大きく書かれたボード。テーブルの上には、ミシンが鎮座しています。
聞けば、ミシンや裁縫箱、生地を持参して全国各地に赴き、そこで出会った人々のためにその場で採寸し、セミオーダー形式で服を制作しているのだとか。服に使用する生地は、訪れた土地の機屋さんから直接仕入れたもので、その日に並んでいた生地は、ここ富士吉田の機屋さんで織られたものでした。

「流しの洋裁人」という言葉は、店主の原田陽子さんの造語です。子どものころから「服を作る人」になりたいと思っていた原田さんは、大学卒業後、ファストファッションの服を企画製造するメーカーで働いていましたが、「わたしは誰のためにモノを作っているんだろう」という葛藤があったとか。作り手である自分とお客さんとの間に、時間差と距離差があると感じたからです。

その後、アフリカのガーナを訪れたときに見た光景が、「流しの洋裁人」の道へとつながっていきました。道路脇のコンテナのような店舗に食料雑貨屋や車の修理屋と並んで仕立屋があり、日常生活の一部として、ふつうに服を作っている。「いろんな人が自分にできることをみつけて、たくましく生きている感じ」がとても自由で、「これこそものづくりの原点」だと思えたそうです。

シボのついた素敵な生地に目を奪われ、思い切ってスカートを1枚オーダーしました。富士吉田の機屋さんで織り上げた傘生地を使っているそうです。

出来上がりをいただいて帰ろうとしたら、「仕上げはご自分でしてくださいね」と、ひとこと。「自分で縫って、洗って、縮む、を楽しむテキスタイル」なので、「洗って縮む、の部分は自分の手で」というわけです。

Siboという名のこのテキスタイルは、ゴム状の糸の力で立体的な柄が浮き出るのですが、生地を織る段階ではゴムの縮みを抑えるために糊付けされているのだとか。仕立てた後に温水で洗うことで糸の糊を落として糸の縮みを促し、乾燥機にかけて熱を加えることでゴム状の糸がさらに縮み、柄が浮き出てくるというのです。「ご自分で手がけた風合いを楽しんでください」と言われ、「服は買って(作ってもらって)着るもの」と思い込んでいた自分に気づかされ、少し恥ずかしくなりました。

買い求めてきたスカート。この後、自分の手で仕上げて、立体的なシボを浮き上がらせます。

自作の手織り機で布を織る人

「流しの洋裁人」の隣は、富士吉田市在住の手織り作家、佐藤リョウヘイさんのお店。機屋だった実家は何年か前に廃業してしまったそうですが、富士吉田に帰ってきたくて手織りを始めたと言います。

複雑な紋様の布を織りたくなって、独学でジャカード風コンピュータードビー式手織り機を自作したというから驚きです。「道具は自分の手の延長です。道具を自作することは、自分の手の知性を磨くことと同じです」という言葉に、ものづくりの姿勢を感じます。

「簡単に出来ることで人と競争するのは苦手」「人があまりしないようなことをゆっくり長い時間をかけて研究するのが好き」という佐藤さんの人柄が滲み出ているような作品たち。

家族の数だけ、コースターを買って帰りました。

伝統の技×新しい感性

スウェーデンと日本で織物経験を持ち、今は富士吉田市に移住しているテキスタルデザイナーの作品もありました。地元織物工場との協働で生まれたそれは、スウェーデン暮らしで育んだ感性に、日本の知恵、技術を取り入れたもの。

他にも、東京造形大学の学生たちとコラボした作品など、いろいろ。伝統の織物産地に新しい風が吹いているのを感じます。

木の温もりとヒトの温もり

県内、身延町から来ていた木工作家、遠藤貴也(たかなり)さんは、同町の廃校(旧大須成小学校)の再生プロジェクトにも参加している人。作家の人となりと木の温もりが相まった、心安らぐ作品が並んでいます。どんぐりの形をしているのは子ども用のガラガラで、裏面に名前や生年月日、出生時の体重などを刻印してくれるとか。その他、オーダーメイドにも対応してくれるそうです。

食べものをつくるのも、モノづくり

ハタオリマチの夏祭りらしく、フードの出店者も食べモノにこだわりを持つ人たちです。ジビエレストランでは、猪肉や鹿肉のソーセージなどを目の前で焼いてくれるだけでなく、旬の食材を食べることの意味や、「身ごもったら布団を売ってでも鹿肉を食べなさい」といったおばあちゃんの知恵も紹介。

その他、オーガニック素材で作ったお菓子やハーブ入りの甘酒、水出しコーヒー、旬の果物のジャムをのせた杏仁豆腐、富士山の天然水で仕込んだ地ビールなどなど、いずれも自然で健康な食材を生かしたおいしさです。そこに共通しているのは、「命あるものをいただく」という感謝の気持ちが込められた、正直なものづくりでした。

小さな街角の公園で行なわれた小さなお祭りでしたが、そこには、モノとヒトの関係を考えさせられることがたくさんありました。大切に作られたモノなら、きっと使う人や食べる人の気持ちにも届くでしょう。流しの洋裁人さんから購入したスカートは、この先、私の宝物になりそうです。

  • プロフィール くらしの良品研究所所員
    M.Tさん

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