研究テーマ

味の型紙

たとえば醤油を買いに行ったとき、お店の陳列棚は蕎麦つゆ、うどんつゆ、天つゆ、すき焼きのわりした、寄せ鍋のつゆ・・・とさまざまな味付け醤油で埋め尽くされていて、普通の醤油を探すのに苦労することがあります。そして、こうしたものを買い揃えた結果、冷蔵庫の中は瓶類で満杯ということに。もう少しシンプルに暮らすことはできないものでしょうか?

本当は手作りできる

用途別に作られた調味液はすぐに使うことができて、たしかに便利です。ただ、限定された味だけに、使い残したものは次の出番が来ないうちに賞味期限を過ぎて捨てられてしまう、といったことも多いのではないでしょうか。
それら調味液のラベルを眺めてみると、基本になるだしに加えて、醤油・酒・味醂・酢などの調味料をベースに作られていることがわかります。いずれも、どこの家庭にも常備されているものばかり。その気になれば、そして簡単なレシピさえあれば、そんなに苦労することなく作れそうです。実際、ほんの20年前には各家庭であたりまえに作られていましたし、もっとさかのぼれば、「買い味噌」は恥ずかしいという感覚で自家製の「手前味噌」を自慢し合った時代も。レシピという言葉には「秘訣(ひけつ)・秘伝」という意味もありますが、それら家庭の味の秘訣は、母から娘へとごく自然に伝承されていったものでした。

味の黄金比率

黄金分割といえば、古代ギリシア人が発見した美の法則です。数字で表すとおよそ「1対1.62」の比率で、これを使った建築物はどこから見ても美しいのだとか。料理の調味料の配合にもこうしたことがあるようで、醤油・味醂・酒・酢などの基本調味料を合せるときの理想的な比率は「味の黄金比率」などと呼ばれています。
京都のある割烹のご主人が披露している「味の黄金比」は、お醤油と味醂を同じ割合で味付けし、お料理に合わせて、だし汁との比率を変えていくというものです。たとえば、「醤油(淡口醤油)1と味醂1」に対するだし汁の量が、うどんや蕎麦の汁なら12、野菜の煮物は8、天つゆは4、素麺のつけ汁は5でそれに砂糖を加えると親子丼や天丼・牛丼などにも、といった具合。これだけ知っておくだけでも、冷蔵庫の扉はずいぶん軽くなりそうですね。

基本の味を型紙に

自分の家庭に合う基本の調味液を作っておき、そこに何かを足して日々のお料理に応用する方法もあります。四方八方に使える「八方だし」などは、その代表例といえるでしょう。
あるテレビ番組では、スーパー主婦と呼ばれる人が「味の型紙」を提唱していました。醤油と味醂を1:2の割合で合わせて半量まで煮詰めた「てりたれ」、1カップの酢に大匙5の砂糖と大匙1の塩を混ぜて溶かした「甘酢」、醤油1:味醂1:だし汁4の割合で合わせた「麺つゆ」、食材100gに対して大匙1の砂糖と塩ひとつまみを加えた「甘煮」。この4種類の基本的な比率を味の型紙とし、作るお料理や好みに合わせて、他の調味料などを足していくのです。「洋服の型紙のように、基本があって、その上で好みのフリルやギャザーを付けたりするのと同じ」。料理にも型紙という発想を持ち込むことで、日々の家庭料理がもっと簡単で楽しいものに変わっていくような気がします。
もちろん、味覚という個人の嗜好が関わるものだけに、万人共通とはいかないでしょう。洋服の型紙が一人一人の体形に合わせて作られるように、味の型紙もそれぞれの家庭で微妙に違って当然ですし、だからこそ「うちの味」と言えるものになるのです。

多くのものを持たない暮らしとは、工夫して作る暮らしとも言えそうです。日々のことを工夫して、ほんのひと手間かける。私たち現代人は、便利さやスピードを追い求めるあまり、手を使って作り味わう喜びを、どこかに置き忘れてきたような気もします。本当の意味での「生活力」を取り戻そうとするとき、型紙が私たちの心強い味方になってくれるかもしれません。

みなさんのご家庭では、どんな味の型紙をお持ちですか?

(今週のコラムは、過去にお届けしたコラムをコラムアーカイブとして、再紹介します。)

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食品

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