研究テーマ

日本の布づくりの旅(前編)

今年の4月に、MUJI BOOKSから『日本の布 1』が発売されました。著者は、良品計画のアドバイザリーボードメンバーでテキスタイルデザイナーの須藤玲子さん。無印良品のファブリック関係のデザインチームとともに、たくさんの布の産地を訪れ、素敵な布の数々に出合い、工場や工房で布をつくる方たちに出会った時間がつまった一冊です。

布から暮らしが見えてくる

「日本の布づくりは実に多彩です。神業のような伝統工芸から、他に類を見ない高度な技術による素材に至るまで、日本の布は、豊かな、広がりを持った世界をつくってきました。日々の必要に応じて、織り、染めの技術が発達し、身近な動植物、自然、生活風景などを文様化し、布に表現してきました。さらに用途に合わせ、自由自在にかたちを変え、人々の暮らしに寄り添ってきました。布は永い歴史と文化の賜と言えます。布を知ることで、その地域の文化、歴史、生活が見えてきます」(『日本の布 1』はじめにより抜粋)
そう、一枚の布には、その土地の自然や風土が、その土地で暮らす人たちの知恵と工夫が、さまざまに盛り込まれているのです。だからこそ大切に使い続け、衣服としてはもちろん、住まいのあれこれに役立てられてきました。全国各地で繊維業は興り、栄えてきました。私たちの暮らしと同時に、日本の経済を支えてきました。

いまこそ日本の布を巡ろう

ですが現代の私たちは、着物を着ることが特別なことになり、伝統工芸としての日本の布づくりを目にしたり手にする機会は減ってきています。全国各地の布づくりの産地は、厳しい状況におかれています。
「でも、日本の布づくりの奥深さが失われてしまったわけではありません。魅力的な産地はまだまだのこっているのです。のこっているいまならば、まだ間に合う。伝統的な産地を訪れて、日本の布を見つめ直したいという思いがずっとありました」
そう須藤さんは言います。その思いに拍車をかける大きな起点となったのが、2011年3月11日に起きた東日本大震災です。言葉にならないほどの大きな災害は、日本の産業に打撃を与えました。繊維産業も、そのひとつ。
「東北の繊維産業は、甚大なダメージを負いました。そして震災直後の停電に加えて、輪番停電がありましたよね? あれによって、東北のみならず数多くの産地が機械を一時的に止めなくてはなりませんでした。工場というのは機械を24時間稼働させているところも多いのです。その方が効率的で、仕上がる布の質も安定します。一時的にでも止めるとなると、納期が遅れてしまったり、機械の調子が整わなくなる。そして東北地方の産地は、風評被害にも見舞われてしまった。私が懇意にしている織り元でも、廃業に追い込まれてしまったところがあります。本当に、辛いことでした」

無印良品だからできること

須藤さんはご自身のブランド「NUNO」で、伝統的な布の産地との協働で、革新的な布づくりをおこなっています。産地の人たちが思いもよらないような新たな布の表情を、次々につくっています。伝統と現代を須藤さんのデザインがつなげることで、オリジナルな布が生まれるのです。
「産地にはそれぞれ個性というか気質のようなものがあります。新しい考えを受け入れるところもあれば、伝統的な織り方や染め方をずっと守り続けるところもある。たとえば日本三大絣の産地は久留米、備後、伊予と言われているのですが、備後は世界中のファッションデザイナーから注目される岡山のデニム製品の産地として、伊予は四国今治のタオル産地として、大きく変容を遂げました。そのなかで久留米はいまなお絣の産地として、力強く生き残り続けているんです」
NUNOが協働しているのは、どちらかと言えば備後や伊予のような産地で、久留米のような産地との付き合いは稀なのだそうです。
「そういう、伝統的な技術や手法を駆使し続けている産地にこそ、足を運んでみたかったのです。そういう産地と一緒になにかをつくり出したかった。そして私の頭のなかには、『無印良品こそ、伝統的な産地との布づくりにふさわしい』という思いが強くあったんです」

探して、見つけ出す

「無印良品はスタート当初から、『探す、見つけ出す』という視点を大切にしていますよね。永く、すたれることなく活かされてきたものを探し続けてきている。探して見つけたものを、無印良品の新鮮な視点で仕立て直すことで、現代の生活や文化などにすっと合うものをつくってきたのだと思います。2003年からは『Found MUJI』として、その姿勢に特化したプロジェクトもスタートさせている。このFound MUJIで、日本の布を見つめ直すことができたらどんなにいいか。伝統的な布づくりが現代の布にどんな影響を与えているかを現地で実感できたら、新しい日本の布のあり方が見えてくるのではという思いがずっとありました」
須藤さんは折に触れて、その思いを無印良品の関係者に伝えてきました。それが叶ったのが、奇しくも東日本大震災から半年と少したった2011年8月のこと。
「本当に嬉しかった。多くのものを見つめて、見つけて、つくりたいという思いを抱えて日本の布の旅を始めたのを、いまも新鮮な気持ちで思い出します」
伝統的な日本の布づくりと無印良品との出合いは、どんなものを生んだのでしょうか。話は後半に続きます。

参考情報:MUJI BOOKS「日本の布1」

[関連コラム]日本の布づくりの旅(後編)

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