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大阪湾に浮かぶ一攫千金の夢 大阪府人工島の旅

2016年12月28日

飛行機が滞り無く関西国際空港に着陸すると、面白い機内アナウンスが流れた。
「今日はご利用、ほんまおおきに!」
大阪に拠点を持つ航空会社だっただけに、アナウンスもユーモアに富んでいる。日本の中にありながら異国に来たような際立つ個性と存在感。着陸したばかりだというのに、さっそく大阪ワールドが始まっていた。

さて、今回のテーマは人工島だ。
日本には6852の島があると言われているが、この数には人工島は含まれていない。しかし、数字には現れないこの隠された島々は思った以上に現代生活に大きく食い込んでいる。東京都のお台場やもんじゃ焼きで有名な月島、築地市場の移転先である豊洲などの埋立地は人の手によって作られた島であるし、愛知県のセントレア、兵庫県のポートアイランドなんかもそうだ。
ここ関空も人工島であったから(だからあえて飛行機でやって来た)、「人工島を訪れる」という目的だけで言えば達成したようなものだけれど、それだけでは芸がないので他の島にも行ってみることにした。

大阪湾には最近にわかに注目を集めだしている人工島があった。
夢洲(ゆめしま)である。

この12月に成立したIR(Integrated Resort)推進法案。国際展示場や大型商業施設、大型ホテルなどを抱えた統合型リゾートの誘致は観光立国を目指す日本政府肝いりのプロジェクトである。集客の目玉として、本来法律で禁止されているカジノも特区を設けて解禁しようとしているため別名カジノ法案とも呼ばれている。その候補地の一つが夢洲なのである。

夢洲はもともと2008年の大阪オリンピック誘致を見越して開発が推し進められた島だ。その背景には大阪臨海部に国際貿易、先端技術、情報通信を集約した大阪新都心構想"テクノポート大阪計画"があった。ところがご存知のようにオリンピック誘致は失敗。夢洲は使い道の無くなった巨大な遊休地と化してしまった。夢洲とは名ばかりの夢の跡になってしまったのであった。
この負の遺産に再びスポットライトを当てようとしているのが件のIR推進法案である。夢洲に統合型リゾートを誘致して、東京オリンピック以後を睨んだ訪日外国人集客の柱へと育てようという計画だ。2025年には大阪万博の開催を目指してる府は、万博の会場も夢洲を軸に検討が進められている。
話の流れだけで見れば、場当たり的に活用されようとしている印象がどうしても強いと僕は思う。とはいえ、この夢洲は今の日本の人工島で最も注目されている島の一つであることには違いはないから、現在の様子を訪ねてみることにしたのだ。

夢洲へのアクセスはJRゆめ咲線の終点・桜島駅から舞洲(まいしま)に向かい、夢舞大橋を渡って向かう。

桜島駅を出ると、「キャーッ」と悲鳴が聞こえてきた。悲鳴といってもシリアスなものではなくて、ここがユニバーサルスタジオジャパンの裏手にあたる場所だからだ。絶叫マシンから響く声をBGMに自転車を組み立てると、まずは舞洲へ向けて走り出した。
このあたりは既に大阪湾臨海部エリアだったが、開発が頓挫した今となっては大型トラックばかりが行き交う工業地域だった。駅舎や周辺道路は比較的新しかったけれど、どことなく退廃感が漂っている。ポイ捨てされたゴミがあちこちに散見され、ところどころきついアンモニア臭が臭う。
仮にもし大阪オリンピックが開催され、新都心構想が成功していたら、ここは大阪で最も華やかになっていたであろう地域である。最先端となるはずだった場所は、現在では大阪の裏側に落ち込んでしまっていた。

幾重にも螺旋を描く此花大橋(このはなおおはし)を渡り、舞洲へ。

橋の上から左手前方に奇抜な外観の建物が見えてきた。オーストリア人がデザインしたというゴミ償却施設だった。

この舞洲も夢洲と同じような経緯を持つ島である。オリンピック会場として使われるはずだったアリーナや野球場があり、大型の物流施設が並んでいる。ここでも大型トラックが目につくばかりで、歩行者の姿は見かけない。一応、オートキャンプ場や陶芸館といったレジャー施設もあるようだったけれど、傍から見る限り営業しているのかどうかは分からなかった。人がいない広大な土地というのはバスの運転練習に都合が良いようで、バスの教習車が走っていた。
作りかけで放置された島、そんな印象をこの人工島からは受ける。

一通り島を周った後は、夢舞大橋へと向かった。この橋は有事の際には橋が90度回転し、大型船舶の航行を可能にする可動橋だ。
橋を渡って夢洲へ...と思っていた時、予想外の注意書きを発見し、思わず急ブレーキをかけた。
「夢舞大橋 自転車、歩行者通行できません」
うそっ、そんなバカな!?

舞洲には自転車道が整備されていて、それはそのまま夢舞大橋まで延びている。だからこれに沿っていけば夢洲に渡れると思っていた。
しかし、橋のたもとまで行ってみると、自転車道は工事用の柵で塞がれていて確かに通行不可能になっていた。車道の方は問題なく橋を渡ることはできそうだったけれど、交通量がそこそこあって、おまけにトラックばかりなのでかなり危険だった。
慌ててスマホのナビで夢洲に渡る手段を調べる。が、ナビには橋が通行禁止だということが登録されていないらしく、徒歩で渡れと指示してくる。それができないから困っているというのに。だいたい最初にルートを検討したときもこのナビがそう示していたから、僕は自転車でも行けると思っていたのだった…。
実際にはどうやら車以外の上陸手段はないようだった。定住人口0人の夢洲だけにバスも検索にはヒットしない。
僕は船でしか行けない島にも行ったことがあるし、飛行機でしか行けない島にも行った。島は海で隔てられているのだから、当たり前のことである。しかし、車でしか上陸できない島があるなんてことは盲点だった。

苦肉の策としてレンタカーで行くことにした。ゆめ咲線の始発駅の西九条まで戻れば、レンタカー屋がありそうなので、そこで車を借りてこの橋を渡る。タイミングが良いことに西九条まで直行するバスが舞洲からも出ていて、あと15分でやって来るところだった。
そうと決まれば善は急げということで、急いで自転車をスーツケースに仕舞い込んだ。

バス停ではちょうど仕事帰りのおばさんと一緒になって、話しかけられた。
「兄ちゃん、そんなかに自転車入っとるんやろ? さっきちょこっと見たで。便がええねぇ」
こういう世間話を気軽にしてくるあたり大阪だなと感じる。舞洲は人の気配も生活の気配も希薄な人工島だっただけに、おばさんの気さくさに触れることができて嬉しい。
「ほんでどこ行くん?」
いやぁ実は…と、ここでの経緯をおばさんに話した。おばさんは、そうやったかぁ、大変やなぁと同情してくれたのだが、彼女との世間話の中から夢洲への活路は突然開かれる。
「あれっ、夢洲行くんやったら、コスモスクエア行きのに乗れば行くんちゃうかな。ほら、ちょうど来たあの赤いバス。あれに乗れば行くと思うでぇ」
寝耳に水の情報だった。スマホのナビにも出てこない情報だっただけに半信半疑だったけれど、バスの運転手に尋ねてみると「行く」と頷いた。
おぉー、なんと!
おばさんが言うには最近できた路線らしい(後でちゃんと調べてみると2015年から)。マイナー過ぎる路線の最新情報過ぎて、情報量がウリのインターネットナビでも出てこなかったわけだ。でも、これでわざわざレンタカーを借りるなんて回りくどいやり方をしなくても夢洲に行ける。大阪で信用すべきはスマホなんかじゃなくて、おばさんなんだなと僕は思った。この土地のおばさんはつくづく頼りになる。
「ほな、気ぃつけてな!」
何に気をつければいいのかはよく分からなかったけれど、おばさんは僕を勢い良く見送ってくれた。

「コンテナターミナル以外何もないところですよ」
運転手のおじさんが教えてくれた通り夢洲は何もない島だった。

島の東側は船で運ばれてきたコンテナ便がうずたかく積まれたコンテナターミナルになっていて、道路にはコンテナの積み込みを待つトラックが順番待ちをしていた。ナンバープレートを見ると札幌ナンバーや大分ナンバーまで日本全国からトラックがやって来ていることが分かる。

そして夢舞大橋から歩行者と自転車の通行が禁止になっていた理由もここにきて分かった。島には歩行者や自転車の存在する余地がほとんどないのである。
一応、歩道はあるものの、車の出入り口を除けば切れ間ないガードレールによって車道と区切られていて、反対側に渡ることはできない作りになっていた。横断歩道も陸橋もなかったので、どうやって道を渡ればいいのだろう。近くにいた警備員に尋ねてみると「気をつけて渡る」と教えられた。ガードレールを跨いで車道に出て、気をつけて車道を渡った先の歩道に復帰するには、再びガードレールを跨がなければならない。島に一軒だけあったコンビニの交差点こそ信号と横断歩道が一つずつあったが、島の交通は基本的に歩行者や自転車は無視することで成り立っていた。

ここを自転車で走るのは無理そうだと早々に諦めた僕は、スーツケースを転がしながら少し島を散策してみた。
島の西側には広大な平地が続いていた。このあたりがかつてはオリンピックの選手村、今は統合型リゾートの建設地や万博会場として目されている場所である。だが現状から見て、数年後、ここが活況に溢れる姿などまるで想像できない。

なにせ建物の一つも存在せず、代わりに不法投棄されたゴミが散乱しているぐらいなのだ。「分譲予定地 立入禁止」の看板はいつ立てられたものなのだろう。文字は色褪せて年季が入っている。

現状、それぞれ一本ずつの橋とトンネルでしか訪れることができない夢洲には、ゆめ咲線桜島駅や隣接する咲州方面からの地下鉄延伸も不可欠であるから、まだまだ時間もかかるだろうし、期待されている経済効果以上に費用もかかりすぎるように思える。ここに統合型リゾートや万博を誘致することはかなり有力とは言われているけれど、やっぱりどうも僕には今いちピンとこない。
舞洲が作りかけで放置された島だったのに対して、夢洲に至っては作られてさえいない島だった。見て回れる場所も歩いて回れる場所もほとんどない。
「何もない島」なんて田舎の島で使い古される常套句のようなものだけれど、夢洲ほど本当に何もない島なんて島はそうそうないだろう。
夢舞大橋を渡った先に浮かぶ人口島の現状は、車でしか行けなくて、本当に何もない、ある意味大阪らしい"冗談みたいな"夢の島なのだった。

(来週からは和歌山県の旅をお送りいたします)

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

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