研究テーマ

小池一子氏トークイベント採録(2/5)

2009年11月11日

「素材の選択」、「工程の点検」、「包装の簡略化」という3つの柱。そこに無印良品のスピリットを入れていくわけです。

このレポートは、2009年9月23日に池袋西武店で行われたトークイベントを採録しています。

バブルに向かう空気へのアンチテーゼで共感

商品というのは、生まれるときに幸せだと、勢いがつくんですよね。
プライベート・ブランドについてのコンセプトが決まり、無印良品と名前がついたことで、これはすごく"表現"にかけられる、と感じました。発表すれば、きっと皆さんにわかっていただける。その勢いのままに、無印良品のための広告を、徹夜を厭わず、つくったんです。
申し遅れましたが、私はコピーライターとして、無印良品のスピリットをつくり続けてきました。

それらの広告について、これから順番にご紹介します。

ホッ、うまい。エッ、安い。(1980年)

これは無印良品が出した、一番最初の広告です。
もし、今このポスターが世に出たら、やはり気になるし、ヒットになると思うんです。今は量販店でもどこでも価格競争が激しいですから。
このあとバブル時代が続き、たくさんの贅沢なモノが出てきました。けれど、不思議なもので、この広告は、健康でより経済的な生活をめざす生活者の感覚に、今でもぴったりフィットするように思います。

いい仕事は、いい仲間を巻き込みます。この広告をつくったときには、打ち合せをしながら、田中さんが一本の電話をかけていました。相手は、非常にユニークなイラストレーションとアートディレクションで、皆さんもよくご存知の福田繁雄さん。そこで田中さんは「福ちゃんね、ちょっとこういうものをつくるんだけどね、『御用』っていうのを描いてくれない?」と話していたんです。
そうして福田さんがつくってくださったのが、このポスターに使われた、札を持つ手でした。「御用」というか、水戸黄門の印籠というか(笑)。そして、これが正しい方向だ、と言いたかったクリエーターの意思を代表して、田中さんがそこに「無印良品」とはめていったわけです。
福田さんも亡くなり、田中さんも亡くなってしまわれたので、その時のエピソードをこの場で、皆さんにもお伝えしたいと思いました。

しゃけは全身しゃけなんだ。(1980年)

こちらも1980年のポスターです。
さっき、商品部の方たちがマーケットを調べ、実際のものの使われ方、価値などをみた、いろんなメモがあったと申し上げましたが、その中に、「しゃけって全身食べてもらいたいのに、なかなか食べてもらえない」というものがありました。食品担当のマネージャーが書いていらしたものなんですが、たとえば日本の国産の缶詰メーカーでは、真ん中の部分を輪切りにして、それをきれいに缶詰に入れている。でも、頭も尻尾も一番動かしてる筋肉、そのおいしいところも食べられるんじゃないか、というわけです。
そこでつくったポスターが、これでした。しゃけが「私は全身しゃけなんだ」と叫んでいるところを、コピーにしています。

ほんとうに、おしゃれだ。(1980年)

これはその年の秋、1980年の暮れに発表しました。
たとえば、しいたけの場合、一般的な商品の規格でいくと、丸いしいたけがきれいに入っているパッケージがよしとされます。けれども、生産の現場で欠けたり、輸送の途中で割れたしいたけも、同じようにおいしいんですね。
なので、そういうものを使うお母さんの気持ちになり、割れてはいるけどもおいしいしいたけを、きれいに盛りつける事が生活者の知恵ではないのか、という視点をテーマにしました。この撮影は、お正月に行ったものです。写っているのは、アートディレクターの田中一光さんが大事にしていらした伊万里のおどんぶり。こういう器に盛ることで、割れたしいたけと完全なしいたけとの違いなどない。いわば捨てられるもの、置き去られるものの価値を描きました。

それからポスターの上部をご覧ください。「無印良品」というのは四文字、つまり間に3つのスペースがあります。アートディレクターが、ここに無印良品の最も重要なポイントを入れましょう、ということで、まず、「素材の選択」、それから「工程の点検」、そして「包装の簡略化」という3つの柱をつくりました。そこでコピーライターとしては、そこに無印良品のスピリットを入れていくわけです。
日本の包装は、お菓子などの産業を含め、非常に華美になったり過剰になる傾向があります。ぜいたくを好む時代にありながら、無印良品は質実を大事にしてきました。無印良品のパッケージには今でも、簡素な中に、田中一光さんが選んだ色とロゴが、きちんと継承されています。

共感を呼ぶ商品は幸せに育つ

幸せな商品は優れたクリエーターがつくりだすという意味では、イラストレーターの山下勇三さんが手掛けた、筆でさっと描くイラストレーションの力があります。

愛は飾らない。(1981年)

このポスターを手掛けた時は、無印良品をつくるということはどういうことなのか、その先にどういう生活を望んでいるのだろうか、という切り口から入りました。そして、日常の毎日の生活を快く過ごしていくこと、家族ひとりひとりのことを思うお母さんの気持ちについて、考えてみました。それが「愛は飾らない」というコピーに結晶したんです。

「飾らない人」という言い方があります。また、「無印」という言葉は英語の「ノーフリル(nofrill)」に通じる。飾り物なしで、素直に、シンプルにそのものを受けとめたい。地球上で最もピュアな集団のひとつと知られているアメリカの宗教集団、クエーカーでは、「She is very simple」というと、それは「美しい人」の価値観を示す褒め言葉になります。クエーカーの起源はアメリカ建国の時にオランダから移民した人たちで、そのエコロジカルな考え方は映画にもなりましたが、このシンプルさが美しさの原点であるということを無印良品は言ってきています。

このように、無印良品はシンプルであること、素のままであることをうたってきました。けれども一方では、単にシンプルなだけでなく、私たちが提供する基本的な生活用品を、消費者であり生活者である皆さんがどう活かしてくださるか、ということも大切です。つまり、それは、みなさんひとりひとりが受けとめて、楽しんでください、ということです。
ひとりひとり、その受け止め方は違うものでしょう。シンプルでベーシックなものを用意しましたが、生活というのは、シンプルをもとに、もっと楽しくするものではないか、という思いを込めています。