研究テーマ

笑顔のために

相手の顔を思い浮かべながら、贈りものを選んだり、手作りしたり。そんな行事の多い季節になりました。そうした特定のだれかに対してではなく、見知らぬ子どもたちのためにプレゼントを手作りし、贈り続けているボランティア団体があります。被災地や小児病棟、児童養護施設などで頑張る子どもたちへ、フェルトの玩具を作り、届けている「チクチク会」。針と糸さえあれば、誰でもどこからでも参加できるこの取り組みは、静かに各地に広がり、人々の善意を子どもたちの笑顔へとつなげています。

きっかけは、東日本大震災

チクチク会代表の田中弘実さんは、2011年の東日本大震災当時、千葉県船橋市に住んでいました。その時、お嬢さんはまだ1歳半。震災後も余震が続く中、放射線量が基準値を上回ったり、乳児には水道水を使わないよう指示が出たり、親子ともども不安な日々が続いたといいます。千葉でさえこんな状況なのだから、被災地の人たちはどんなに不安な時間を過ごしているだろう──そう考えた田中さんは、幼少時に住んでいた石巻市役所に連絡して必要なものを訊き、送ることにしました。そのときにリクエストがあったのは、抱き枕。まだ親が見つかっていない子どもたちには、ぎゅっと「抱きしめる」ものが必要だったのです。

子どものこころを温めたい

震災直後は必要に応じていろいろなモノを送っていた田中さんですが、しばらく経つと、「ふつうの市民」が息長くサポートできることはないかと考えるようになりました。そんなとき、親戚のおばさんから届いたのが、手作りのフェルト玩具。喜んで遊ぶお嬢さんの姿を見て、「手作りの温もりはこんなに子どもを喜ばせるんだ」と実感した田中さんは、その後はフェルトをメインにした手作り玩具に一本化します。材料のフェルトは大手の手芸フェルトメーカーに掛け合って、端切れを回してもらうことに。
まずは近隣の友人に声をかけ、その後ブログやSNSなどで呼びかけると、多くの人が手を挙げてくれました。その大半は、子育てや介護に追われ、被災地の応援に行きたくても行けない人だったとか。波紋は全国に広がり、各地からフェルトの玩具が届くようになったのです。

できる人が、できるときに

チクチク会の会員数を訊くと、「"会員"という形でくくりつけることはしていません」という意外な答えが返ってきました。会則も会費もなく、その時々で参加できる人が自分のできる範囲で参加する、ゆるやかな会なのです。ただ、InstagramにもFacebookにも、それぞれ800人以上のフォロワーがいるといいますから、少なくとも1,000人くらいの人がこの会の活動を見守り、必要とあれば手を差し伸べる気持ちでいることになります。
参加人数が増えるにつれて、支援の対象は被災地だけでなく全国の小児科や小児病棟、児童養護施設などに広がっていきました。クリスマス用には毎年1,000人近くの子どもたちへ寄贈。これまで延べ3万人近くの子どもたちへ、ちょっとしたハッピーとサプライズを届け続けています。

チクチクする楽しみ

「特に小さな子どもがいると家にこもりがちになって、世間との接点をなくしてしまう人も多いので、ボランティア活動に参加することで自分の居場所をつくってもらえれば」──そんな思いもあって、以前は公民館や田中さんの自宅などに不定期に集まって、おしゃべりを楽しみながらチクチクしていました。
コロナ禍の今、「集まる」ことはできませんが、針と糸さえあればどこででもできるのが裁縫仕事。1年間作り貯めたものをクリスマスの前に10年以上送り続けてくれる人もいて、「これがあることで前向きになれる。1年のゴールになっている」といった声も寄せられています。ある高齢者の息子さんからは、「退屈をパチンコで紛らわせていた母が、チクチクのおかげで楽しみを見つけて元気になった」という手紙が届いたこともあるとか。だれかを助けようとすることで、実は自分もそのだれかに助けられている。プレゼントは、贈られる側だけでなく、贈る側にも喜びをもたらすことがわかります。

頑張っている子どもたちへ

チクチク会を立ち上げて2年後、田中さんは千葉での活動をかつての仲間に托し、東京都小平市へ引っ越しました。そこでもチクチク会を続けていますが、新たなご縁も。たまたま自宅近くに社会福祉法人の経営する児童養護施設があり、お嬢さんのクラスメートがその施設から通っていることをきっかけに、この施設との交流が深まっていったのです。クリスマスプレゼントを贈るだけでなく、園内の畑を耕して子どもたちと野菜を育てたり、クリスマス前には子どもたちのリクエストに応えてクリスマスリースのワークショップをしたり。このワークショップをSNSで公表したところ、全国から材料や寄付金が集まってきたといいます。松ぼっくりを採りに行ってくれた人、杉やモミの木を伐採して送ってくれた人、手芸品などを接着するためのグルーガンやリボンを購入して送ってくれた人などなど。そしてワークショップ当日は、10人のボランティアがサポートしてくれたとか。手作りの品だけでなく、年末の忙しい時期に時間と労力を提供してくれる多くの善意が、こうした活動を支えているのです。

さまざまな事情を抱えて頑張っている子どもたちが、笑顔でいられる時間を少しでも増やせるように──そんな思いに駆られて立ち上げたこの活動は、10年後の今、しっかりと根を張って継続されています。「ひとりでできることは限られるけど、たくさんの人のちょっとずつの力が集まれば、大きなことができる」という田中さんの言葉に、これから私たちがどんな社会を目指し、実現していくかのヒントが隠されているようです。
贈り贈られることの多い12月。みなさんは、だれに、どんな贈りものをなさいますか?

※参考サイト:
チクチク会 Instagram
チクチク会 Facebook

研究テーマ
生活雑貨

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