研究テーマ

原研哉氏トークイベント採録(5/5)

2010年2月3日

現代の日本では、暮らしにまつわる欲望の質が貧しく育成されている。「欲望のエデュケーション」が、無印良品の課題だと考えています。

このレポートは、2009年9月24日に池袋西武店で行われたトークイベントを採録しています。

誰も教えてくれなかった「家のつくり方」

さて、「エンプティネス」から話題をすすめて、「家」の話をしましょう。無印良品のこれからのテーマのひとつは「家」だと思うんです。
日本人は家のつくり方を忘れてしまったというか、現代の家のつくり方を見つけられていないんですね。応仁の乱のあとには、義政がつくった和室ができたんですが、その伝統は明治維新のときに再びリセットされて、西洋というのが入ってきたわけです。このとき、西洋の技術だけいただいて、あとは日本流にやればよかったんですが、ガス灯を輸入したとき、ガス灯のかたちまで輸入したものだから、国会議事堂もあんなかたちになってしまった。だから、家の住まい方というのも、ますます混迷の状況を呈してきていて、どんな家をどうつくるかということに関して、今の日本にはノウハウがないんです。
僕の父も「こういうふうに家をつくりなさい」とは教えてくれなかった。学校の先生もそうです。なぜなら、この五十年ほどで、日本はコミュニティーのかたちも、家族のかたちも、コミュニケーションの方法も激変したからです。直系の大家族がいっしょに住んで、土間で作業をしたり、そういう生活だったんですよ、ついふた世代前までは。だけど、この50年で完璧に変わっちゃいましたね。昔は蜜柑が田舎から送られてくると、隣近所にお裾分けにいったりしましたけど、最近はお隣りさんとも会いません。だから、どうやって家をしつらえたらいいかなんて、親は子に教えられないし、学校でも教えられない。知恵が社会の中に蓄積されていないんです。
では、どこで学習するかというと、不動産屋のチラシで学習している。2LDKより3LDKのほうがいい、みたいな、家に対する欲望がそういうところで貧しく育成されている。日本人の家に対する欲望ってそんなところで寸止めになっているんですね。だから僕は欲望のエデュケーションということを最近は考えるようになった。

世界には大きな経済文化圏がいくつかある。EU、中国、日本、北米と。日本という経済文化圏はけっして小さくはない。これだけの所得をもった人たちが1億3千万人いるのですから。だけど、その日本にいる人たちの欲望の質、生活の希求の質みたいなものが、中国やEUに比べてどうなのか、という点は今後重要です。なぜなら、それがそこで生産されるプロダクツの質を決めているからです。誤解を恐れずに言うならば、みなさんの生活の希求の質みたいなものが、日本の乗用車の質を決め、家やインテリアの質を決め、無印良品の製品の質をも決めているんだと思うんです。
日本の産業、つまりそこから生まれるプロダクツの質をより良くしていくためには、企業という木が生えている、その土壌の質を良くしなければだめです。無印良品は7000品目というアイテムを使って、暮らしそのものをつくっていくのだとすると、無印良品はこの土壌に影響力を持つことができるかもしれない。そんな風に僕は思うのです。だから「暮らしのかたち」について、無印良品はもっと考えていかなければならない。
どういう方法で家をつくりますか、どんな部屋をつくりますか、テーブルを選ぶポイント時は何ですか、照明はどうやって選びますか、収納はどうすれば効率がいいでしょうか......。そういうことについては、誰も教えてくれない。家をつくるというのは、家そのものだけではなく、生活をどうやってつくっていくか、ということだと思うんですが。
OSというのはオペレーション・システムのことですが、無印良品は人の生活をつくっていくための生活OSにならなきゃならない。家を供給するのではなくて、タオルを供給するのでもなくて、暮らしの知恵を総合的に供給するような、暮らしのシンクタンクのような存在です。

自分でつくる住まいのかたち

東京のような場所で家を考えていく上では、これからはリノベーションが合理的で、大きな可能性をもっていると思います。僕の建築家の友人や、無印良品のアドバイザーたちの多くは、実はリノベーション派なんですよ。新築のマンションというのは、プロの目から見ると、とてもチープです。でも買ってすぐ壊すのはもったいない。だったら、実績のある住宅地に建っている中古マンションを買って、それをスケルトンに戻して、自分たちの使いやすいようにつくり直して住もうという考えです。マンションなら、フラットで広いスペースも確保できます。そういうことをやり始めると、自ずと自分たちの住まいのかたちを詳細に考えるようになります。
勿論、住まいのかたちは人や家族のかたちだけ、無数にあるでしょう。音楽が好きなら防音壁を巡らせて、グランドピアノをどんと真ん中に置き、大きな音でピアノを弾いて過ごせばいい。お風呂が好きなら、日当たりのいい位置にでっかいお風呂をつくって入ればいい。料理好きで社交好きなら、ものすごくいいキッチンをしつらえて、台所で楽しく過ごしつつ、お客を招いて、食を充実させて暮らせばいい。本が好きなら、家中を本棚にすればいい。ところが今は、そういう欲求を潜在的に持っている人たちが、同じ間取りのマンションに詰め込まれている。だから、家のことを主体的に考えられるような環境をつくっていけばいい。
このポスターは、スケルトンに戻した集合住宅の写真です。

この写真のように壊すのは、普通の人にとってみると、やっぱりコワイですよね。なんだかひどく破壊されたようで、うまくいかなかったら、誰が直してくれるのって思ってしまう。だから、勇気を持って、多くの人々が支え合うことができるコミュニティーが必要だと思います。ネット・コミュニティーなんていうのは、そのために活用できると思います。
このグラフをご覧ください。

日本の住宅の築年数は、フランスなんかにくらべると、ずっと若い。みんなベイビーなんです。耐震偽装の問題などもありましたけど、日本の基準は案外厳しいですから、今建っているビルは百年もつビルがたくさんある。そういうものが、80年代くらいからどんどんでき始めているんです。
ですから、そうやってできた築10年とか20年とかのものは、まだ若い建築なんです。ヨーロッパなんかでは50年くらい経ってようやく信用が出てくるというか、かえって値段が高くなっていったりする。ヨーロッパは壊しちゃいけない街並みですから、つくり直して住んでいくのが当たり前なんですが、日本もだんだんこれからそうなってくると思います。

日本の住宅が兎小屋と言われたのは30年前です。あれから、住宅全体の容積はとても増えてきました。これは年ごとにできた住宅物件の平面積ですが、これだけたくさんできたということです。これが全部、使用可能な物件として、中古へと移行するんです。

日本の人口は今後は減っていくわけですから、豊かになった住宅容積をどう再利用していくかを考えればいい。おそらくは、今後、新しい暮らしの空間を自分で主体的に考えられるという手応えが喜びになるような市場が、たぶん育っていくだろうと思います。そして、その部分のエデュケーションをどうするかというのが、無印良品の仕事だと思っています。旅行でも、パッケージツアーの時代は終わり、ひとりひとりが自分の旅をつくるようになりました。家づくりもそうなりますよ、と言いたいわけです。
古いマンションほどいい立地に建っている。だから、住宅地としての成熟を考えるなら、昔のマンションのほうがいいという見方もあります。最後のグラフは、新しいものを購入するか、リノベーションするかによって、全体のコストがこんなに違うという例です。

暮らしを「ヘソ」から考える

これは、最近関わった無印良品の本です。

「良い家の作り方」と書いていますが、はっきりと答えが出ているわけではありません。ただ2DKか3DKかなんて考えるのではなく、生活のヘソから家を考えてみませんかという提案です。

たとえばメインのテーブル。

テーブルって、家のヘソでしょ。どんなテーブルを据えるかによって、その家の性格が決まってくる。ある人は立派なしっかりしたテーブルを置くかもしれないし、ある人はものすごく大きな円卓を置くかもしれない。部屋ごとテーブル化したような家もある。暮らし方を、テーブルというヘソから考えてみることで、新しい家のつくり方が見えてきます。

同じように、テレビはどうでしょう。

テレビも実はヘソなんですね。
テレビは近年急速にフラットに大きくなってきましたが、テレビがこんな風に変わっただけで住まいの空間のリアリティは変わる。「テレビなんて私見ません」なんて、みんな言うんですけれど、本の中で紹介したように、平日必ず行うことについてアンケートをとると、テレビを見ている人は90.2%。寝てますという人が99.8%で、食事しますが99.3%です※1。寝なかったり、食事しない人がゼロではないというのがアンケートのおもしろいところですね。お風呂に入りますが97%、仕事しますが54.9%ですよ。テレビは90.2%ですから、やはりかなり見ているわけです。
ただし、その見方は随分と変わってきている。ずっと前はお茶の間で、一家団らんで見ていた。その後しばらくは、個室で小さなテレビを個々に見ていた。最近再び大画面テレビを居間でみんなで見るように。ただし、携帯やパソコンのサブスクリーン付きで、ですね。しかし、誰もそのテレビのしつらえ方なんて教えてくれません。テレビといっしょにインテリアを考えるということはまだあまりちゃんと考えられていない。配線の始末とか、パソコンや他のAV機器との連携とか、そういうことは流動的すぎて誰も教えてくれません。でも、そういうことが、家のクオリティにとっては意外と大事だったりするんです。

庭というものもヘソになります。

家の外側にあるのが庭の原型で、昔の日本だったらそれでよかった。また、家の外側に庭があって、隣近所もそうしてくれるなら、街全体が庭としてつながっていくんですが、隣りにビルが建つと、外側を庭にするのはもうナンセンス。つまり、全部を壁にして内側に庭をつくってしまったほうが気持ちがよかったりします。考えてみると、外に閉じている家のスタイルは世界では主流です。中国では四合院といって、塀をまわし、三方に住居をしつらえた真ん中に庭をつくってきました。イタリアの邸宅も塀をまわして真ん中に中庭をつくっているし、砂漠に近いモロッコのあたりでもそうです。
パトリック・ブランという人は最近、壁面を緑化したりしています。庭も垂直に変化してきた。生活の中の自然を庭と考えるなら、庭のつくり方もずいぶん変わってきました。

照明器具も、LEDや色温度のこと、そして反射光源や間接光源のことなど考えると、いろいろなものがあります。

蛍光灯の良さも、白熱灯の良さもあるんです。蛍光灯が青白いなんていうのは昔の話で、蛍光灯にもさまざまな色温度がありますから、今の蛍光灯は青白くなんてない。どこにどんな光源を使うかで、暮らしのシーンは全く違ってくるんですね。そういうことは学校で教えてくれないんですが、1回知識としてインプットされると、部屋の照明の捉え方がぐっと豊かになっていきます。

こういったことをひとつひとつ考えていったその果てに、たぶん日本が豊かになる可能性が、まだまだ無数にある。そこら辺をどう掘り下げていくかというのが、無印良品の今後のひとつの課題であり、可能性かなと僕は思います。

※1
NHK国民生活時間調査「日本人の生活時間2005」による

一生つきあってもらえる無印良品であるために

最初にエンプティの話をして、最後には家づくりの話になりました。原さんは、何を言いたかったのかとおっしゃるかもしれませんが(笑)、コミュニケーションの背景にあるもの、無印良品という製品の美意識の背景にあるものは「エンプティ」で、西洋のシンプルとは違うものだということ。そして、この西洋とは違う美意識というのが、今、世界中ですごく期待されているということです。
アジアの市場は活性するものの、過剰消費では必ずしも幸せにならないことも世界の人々は分かってきました。単なる「シンプル」では補えなかった考え方、つまり簡素をもってゴージャスを凌駕していくという考え方はとても有益だし、都市型の生活をしている人は、みんなそこに賛同してくれています。MUJIがすごく世界で人気がある、注目されているというのは、そういうことなんですね。
そういう美意識をしっかり「資源」と考えて、それを運用できるはずの日本の生活者たちが、これからの未来においてどういう暮らしのかたちをつくっていくのか、というのが、私たちの今後の課題です。今、日本の住宅を世界に輸出しても、世界は買ってくれないかもしれませんが、そのうち、日本の暮らしを、その間取りやインテリアを見て、真似したいなと思う人が世界で増えてくるかもしれない、そういう生活の空間を考案していくことが、ひとつの目標になっていくと思います。そこに、今後の無印良品が耕すべきフィールドがあるのではないかと思うのです。
「家の話をしよう」なんてことをさかんに言いながら「REAL FURNITURE」シリーズを展開しているのにも、理由があるのです。無印良品の家具が、若者が簡単に買える安価なものだけではだめだということ。多少所得が増えても卒業することなく、一生つきあってもらえる無印良品であるためには、きちんと暮らしのヘソになれる家具をつくらなくちゃいけない。そういうことで始めたものです。

最後に、これは最近の広告です。

こんな不況の時代ですが、MUJIは世界中にお店を出店しています。ニューヨークにも、イスタンブールにも、ローマにも、北京にも。
これを聞いて僕は少し感動しました。だって、世界のメトロポリス、ニューヨーク、かつては世界の中枢だったローマ、イスタンブールもその昔はコンスタンチノープルと呼ばれた東ローマ帝国の首都で、やはり世界の中心として長く君臨した都市です。そしてこれから世界が注目する北京。それら全てにMUJIが出店していて、注目され始めているというのは、とても頼もしいことだなあと。しかも、決して北京バージョン、ニューヨークバージョンのMUJIができるのではなくて、全く東京と同じような店が、自然に出ていってるというのがいいと思うんです。水のようにすーっと静かに広がっている感じ。そんな無印良品を、世界の人たちが本当に必要としてくれたら素敵なことだなあと思いまして、それを広告にしてみたんです。

最後にちょっとだけ、これは僕のコマーシャルになるのかな、今ちょうど、東京ミッドタウンの21-21Design Sightというところで、「TOKYO FIBER 09 / SENSEWARE」という展覧会※2をやっているんです。今日は日本の歴史・伝統の話をしてきたんですが、これは日本の先端繊維を使った、未来の日本のものづくりの可能性を具体的に展望する展覧会です。お時間のある人は見ておいてください。未来の無印良品にも関係しているようなものがあるかもしれませんし、また違った世界がのぞけると思います。連日にぎわっている場所ですが、ぜひ足を運んでみてください。
最後に余計な話をしちゃったんですが、余韻というものも大切ですよね(笑)。今日は「エンプティネス」と「欲望のエデュケーション」、つまり暮らしをどうやって耕していくかという話をしました。そういうところに、無印良品の未来を想像してみてください。

ご静聴、ありがとうございました。

※2
2009年9月18日~27日開催。現在は終了