研究テーマ

小池一子氏トークイベント採録

いつも話題にしていました。健康なものの成り立ちとは、どういうことだろうか、と。

このレポートは、2009年9月23日に池袋西武店で行われたトークイベントを採録しています。

小池一子

クリエイティブ・ディレクター

東京生まれ。早稲田大学文学部卒業。「無印良品」創業以来アドヴァイザリー・ボード。武蔵野美術大学名誉教授。1983年~2000年日本初のオルタナティブ・スペース「佐賀町エキジビット・スペース」創設・主宰。現代美術の新しい才能を国内外に送り出した。
2009年は、BankART Studio NYK(横浜)「INTERVALLO幕間展 アート/ファッション/デザインのまくあいで。」など公私立の美術館、ギャラリーへの企画参加、レクチャーが多い。デザイン研究の立場から、アート-デザイン-ファッションの境界領域を見すえる視点に立つキュレーションを特色とする。編著書に「三宅一生の発想と展開」「空間のアウラ」など。

商品企画とキャンペーンは一体のものとして生まれた

今日は、無印良品というブランドが、どのようにして生まれ、発展し、今日を迎えたのか、その流れについて、私が携わった十数年間の広告の仕事を中心に、お話させていただきます。

時が移り、人も変わるなあ、と今感じています。ここにいらしたたくさんの若い皆さんの中には、この場所が(*西武ギャラリー)が「セゾン美術館」だったことを、ご存知ない方もいらっしゃるのではないでしょうか。

私は今、あるシーンを思い出しています。30年ほど前、私が40代で一番仕事がおもしろくて動きまわってた頃、この建物の下にカフェがありました。そこで、西友の宣伝部の課長さんと堤清二さんの3人で、コーヒーを飲みながら、お話をしてたんです。そのテーマは、プライベート・ブランドをどうやってつくり、発展させていくかという、かなりシリアスなもの。ですが、お店の中には、午後の光がきれいに入っていて、静かに、いろんなお話をしたことを覚えています。

その場にはいらっしゃいませんでしたが、私の敬愛する仕事仲間だった田中一光さんも、同じように堤さんの依頼を受けていました。田中さんと私は、西友のいくつかのプライベート・ブランド商品を試行する企画にとりかかっていました。優れた商品をどれくらい安く消費者に提供できるか、商品部の方のお話の中から採り出し、キャンペーンのポスターに展開したりしていたんです。
プライベート・ブランドというのは、スーパーマーケットが単に生産者によってつくられたものを直接販売するだけではなく、自分たち自身が商品企画をきちんとしていく事を志すもの、と私たちは考えていました。そして、その大きなブランドのくくりを、どういう考え方で展開していこうか、という相談に入っていたんです。

その頃、つまり1970年代後半から1980年代初めにかけては、海外ブランドとのライセンス・ビジネスが盛んになっていました。それはたとえば、ポロシャツにひとつのマークが付くことで、そのポロシャツが、実際の正当な価格以上の付加価値を備える、むしろそれが目立ち過ぎる、といったことです。私と田中一光さんは、そういった状況を、いつも話題にしていました。健康なものの成り立ちとは、どういうことだろうか、と。
ですから、新企画のお話をいただいた最初から、クリエイティブのチームは非常に興奮していました。この企画では、私たちがその時代に生きていて感じている批判や不満を、きちんと表現できるモノづくりを可能にしてくれるかもしれない。そういったわけで、そのコーヒータイムの次の週にはもう、さっそく、ブレーンストーミングに入っていました。

カタカナブランドとは違う、日本のものづくりを名前とする

ブレーンストーミングではまず、どういうモノを目指してつくるかを明確にしようということで、ネーミングを検討することからはじめました。
私たちの手元には、西友の商品部の方たちがつくっていらしたメモがありました。食品の方、衣類の方、家庭用品の方、といった面々がそれぞれに、こういうことができるのではないか、あるいは、こういう無駄が起きている、こういう忘れられたものがある、という覚書を書き出したもの。私たちはそれを元に、猛勉強したんです。中にはザラ紙の厚いメモをつくって、書き出してくださった方もいらっしゃいました。
その結果、私たちのコンセプトは、正当なものの価値を伝えることで、消費者のみなさんに一番適切な価格を提供していきましょう、ということになりました。ちなみに「安い」という言葉がありますけれど、この言葉の使い方は難しくて、価格はそのものの価値以下になってはいけないんです。あくまで、正当なモノの評価をしましょう、ということ。そうすると重要なのは、他のモノより安いかどうかという比較ではなくて、まずは何が生活に必要で、それを活かしていく商品のくくりはどうすればできるか、ということになるんです。

そのブレーンストーミングには、限られたメンバーが参加していました。田中一光さん、コピーライターの日暮真三さん、グラフィックデザイナーの麹谷宏さん、私、それから宣伝部の方。その少人数でデスクを囲み、白い紙を置いて、メモをしながら話し合いました。

そこでネーミングです。先ほど申し上げたように、ブランドの付加価値に対するアンチテーゼとして、生活に必要なものをまず取り上げるというコンセプトが明確になりました。であれば、海外商品のような見え方のブランドじゃないもの。ともなれば、ノーブランド。そして、ノーブランドって日本語で言うと無印だよね、と紙に書き出していき、ここで「無印」という言葉にたどり着きました。それから、商品というのは英語でグッズ(goods)と言います。このグッズはグッド=良い(good)を含みますから、単純に書けば「良い品」。ということで、このふたつをつなげた、日本ならではの四文字熟語で決まりかな、ということになりました。
その「無印良品」に、「むじるしりょうひん」と読んでもらいたい、と書き添えて、堤さんにご相談をしたんです。そしたら即座に「いいんじゃないですか」ということで、新しいプライベート・ブランドの名前が「無印良品」と決まりました。