研究テーマ

地球1個分で生きる

「エコロジカル・フット・プリント」という言葉をご存じですか?「地球の自然生態系を踏みつけた足跡」といった意味で、人間が地球環境にどれだけ影響を及ぼしているかをあらわす指標のひとつです。簡単に言うと、人間が生存を維持するのに欠かせない資源の再生産と廃棄物の浄化のために、どれだけの陸地と水域が必要かをあらわしたもの。それによると、現在の人口と経済活動を維持するには地球1.5個分が必要で、このまま成長を続けると、2030年には地球が2個必要になってしまうとも言われます。

日本人の暮らしは、地球2.4個分

地球1.5個分といっても、それは世界の人々の生活を平均した数値であって、先進国の人々はもっと地球に負担をかける暮らしをしているそうです。たとえば、もし世界中の人々が日本人並みの生活を送るとすると地球が2.4個必要で、米国人並みだと5.3個必要(*)になるとか。快適さや便利さを求めて資源を消費することに慣れてしまった生活が、そうさせているのでしょうか。それに加えて、日本の場合はカロリーベースでの食料自給率が40%に満たないことも影響しているかもしれません。なにしろ、私たちが日々口にしている食べものの多くが、遠い国々から膨大なエネルギーを使って運ばれてくるのですから。

*WWF(世界自然保護基金)などが発表した2004年度版『生きている地球報告書』より

成長から縮小へ

こうした現状に危機感を抱き、10年前に「縮小社会研究会」を設立して縮小社会への提言をしているのは、京都大学名誉教授で工学博士の松久寛さん。「経済成長を求めてもがけばもがくほど化石燃料の使用による大量生産の崩壊は早くなる」「これまでの成長は、資源などの食いつぶしと環境破壊でなんとかしのいできたが、未来への付け回しはもう無理」と訴え続けてきました。そのためには「成長から縮小に切りかえ、これまで裏に追いやられていた価値観を表に出す」必要があるといいます。つまり、「経済成長期には当たり前だった"大量消費""使い捨て"を"もったいない""修理と再利用"に変換」し、「人生の楽しみや安心を"金と物"依存から"人とのつながり"依存に転換」する。そうすることで、「次世代までも生存ができる社会が実現できる」というのです。

縮小社会はもう始まっている

「縮小社会を実現するのは、そんなに難しいことではない」と松久さんは言います。なぜなら、「"無駄使いはしない""丈夫で長持ち"など縮小のキーワードはかねてより皆の価値観の中にあり、"人口縮小""省エネ家電"など、すでにやっていることは縮小社会に入っている」から。「たとえば、数年かけてエネルギー消費を10%減らすことは可能」で、「現に、2011年の福島原発事故以後、2016年までの電気の使用量は10%減って」いるのだとか。それでも格別の不便もなく暮らせているのですから、まだまだ縮小の余地はあるということなのでしょう。「エコな暮らしというのは、一部屋に一台ずつあるテレビを一家に一台にするとか、夜は早く寝るとか、冷房よりは風通しを利用すること」と言われれば、たしかに難しいことではない気がしてきますね。

縮小で、丁寧な暮らし

「一番大事なのはエネルギーをできるだけ使わない生活に切りかえること」という松久さんが自宅で使っているのは、太陽エネルギーの50%以上を効率的に取り込むことができる太陽熱温水器。夏の晴れた日には70度、春と秋では40~50度のお湯が得られるので、ガスの使用量をかなり減らせるといいます。また、古いウヰスキーの樽に雨水を溜めて庭木の水やりに使っていますが、庭に置くとオブジェのようで評判がいいのだとか。「節約」だけでは時に息苦しくなることもありそうですが、こんなふうに楽しみながらできたら、丁寧な暮らしにつながっていきそうですね。

後ろ向きに前進する

地域雑誌「谷中・根津・千駄木」の創刊者として知られる作家の森まゆみさんは、バブル崩壊後の著作『抱きしめる、東京』のあとがきで、「後ろ向きに前進しよう」という提案をしています。

  • ○ごみ焼却場を増やすより、ゴミを徹底して減らす
  • ○遠くの自然を壊してダムをつくらず、足下に降る雨、地下水を使う
  • ○都心を車にとって不便な町にして、歩くのが楽しい町にする
  • ○駐車場をつくるより車を持たない
  • ○都電のような景色の見える、乗りやすい公共交通を復活する
  • ○鳴り物入りの公共施設を一つつくるより、地域に小さな歩いて行ける施設を分散する
  • ○建物は新しく建てるより直して使う
  • ・・・

25年前に書かれた提言ですが、地球に負担をかけない暮らしのヒントが詰まっているようです

車やオフィスをシェアする人、自分の食べものの一部を家庭菜園でまかなう人、自転車通勤をする人、リユースやリサイクルに励む人、地域通貨で支え合う人…「縮小社会」と肩ひじ張らなくても、すでに多くの人がいろいろなかたちで地球に負担をかけない暮らし方を実践しています。経済成長が終わりを迎えたとき、どんな社会をめざし、どう成熟していくのか。いまの私たちに問われているのはそこであり、それはそのまま地球1個分で生きることにもつながっていくのでしょう。まずは、できることから、何か始めてみませんか?

参考図書:『「小さな日本」でいいじゃないか 楽しい縮小社会』森まゆみ・松久寛(筑摩書房)

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生活雑貨

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