研究テーマ

平和の思いをつなぐ

バングラデシュ・クリグラム

この世の平和は誰しもが望むこと。「戦争か平和か」と問われれば、ほんどの人が平和と答えるでしょう。しかし、多くの人が平和を望む一方で、この世から争いの種が絶えないこともまた事実。心でいくら望んでも、望むだけでは平和の願いは叶いません。今回は、日本人の主婦が始め、今や世界100カ国近くの大使館が参加するようになった「世界一大きな絵」の活動をご紹介します。

平和の意識を育む

スペイン・マドリッド

「世界一大きな絵」の活動はいたってシンプルです。タテ1m×ヨコ5mの白い布を用意して、集まった大勢の子どもたちに自由に絵を描いてもらいます。それを大人(多くの場合は母親)の手で縫い合わせ、何枚も何枚もつないでいって、一枚の大きな絵を作っていくのです。
この平和活動のユニークな点は、声高に「平和」を叫ばないこと。子どもたちはただ無邪気に、楽しく、目の前にある布に絵や言葉を書いていきます。ただ一つだけ、子どもたちに伝えるメッセージがあります。それは「あなたの描いた絵は、国境を超え、いつか遠くの町や村にいる子どもたちの絵と結ばれる」ということ。自分の描いた絵の隣に、アフリカの子どもたちの絵が来るかもしれない。ヨーロッパの子どもたちの絵が来るかもしれない。行ったことも見たこともない国の子どもの絵と結ばれることを知ることよって、自然な形で、子どもの心に平和の思いが育まれるのです。

始まりはバングラデシュ

この平和活動を始めたのは、日本のNPO法人「アース・アイデンティティ・プロジェクツ」です。会長を務める河原裕子さんは、1986年にたった一人でバングラデシュに渡航し、1991年に社会貢献活動を始めます。その後バングラデシュの政府から正式にNGOの認可を受け、最も貧しいとされる「クリグラム地区」に入り、その地の開発計画に着手するのです。河原さんがクリグラムでまず行ったのは、一軒一軒の家を訪ねて回ること。どこに誰が何人住んでいるのかも分からない有様だったので、戸籍づくりから始めたそうです。そうして、その中から女性のリーダーを選出し、組織を作って活動を開始しました。
たとえば、日本から500頭の牛をもらい受け、女性たちに貸し出します。そうすることで牛乳搾りの仕事が生まれ、女性が稼げるようになります。乳牛の他にも山羊や畑やミシンなど、さまざまなものを貸し出して、貧困地区に住む1万人を超える女性たちに新たな仕事を創出したのです。

世界一大きな絵の誕生

北海道札幌市幌西小学校

「クリグラム開発プロジェクト」の活動を続ける中で、河原さんはある人物と出会います。世界的なCIデザイナーの稲吉紘実氏です。意気投合した二人はバングラデシュの地で、子どもたちの絵をつないで「世界一大きな絵」を作るという平和活動を着想します。そして、記念すべき世界初の絵が、1996年12月、バングラデシュで描かれました。河原さんの元で活動していた女性の子どもたち、約13,000人が一堂に集まり、1,000枚の布に絵を描き、100m×100mの「世界一大きな絵」を完成させたのです。
2002年に帰国した河原さんたちは、日本でNPO法人を設立し、「世界一大きな絵」の企画書をファックスで各国大使館に送付しました。そうして待っている河原さんのもとに、サンマリノ共和国から「参加したい」との嬉しい一報が届きます。その後は次々と参加を表明する国が増え、活動の輪は世界に広がっていきました。
現在、「世界一大きな絵」の活動は4つのバージョンで進行しています。会場に子どもたちを集めてその場で絵を描く「イベント版」、大使館を通じて世界の子どもたちに描いてもらう「大使館版」、国内の学校や幼稚園・保育園の子どもたちに描いてもらう「日本全国市区町村版」、web上で絵を描いてもらう「web版」。こうして描かれた子どもたちの絵は、オリンピックのときに開催国で一つに縫い合わせることになっています。2012年のオリンピックのときには、ロンドン郊外で「世界一大きな絵2012」を完成させました。

東京オリンピックへ

河原さんたちが始めた「世界一大きな絵」の活動は、国・人種・宗教を超えて、今や大きな広がりを見せています。大使館版には98カ国の国々が参加し、全国市区町村版には100の市区町が参加するようになりました。イベント版も世界各国の諸都市で開催され、大勢の子どもたちが絵を描いてくれています。こうして描かれた子どもたちの絵は、倉庫に大切に保管され、2020年の東京オリンピックのときに一つに縫い合わせて、「世界一大きな絵2020」を完成披露する予定です。
一人の日本人主婦が推進する平和活動が、なぜここまで大きく広がってきたのでしょう。その秘密は、河原さんがときおり見せる穏やかな笑顔にありそうです。特に声高に平和を叫ぶわけでもなく、主義主張をするでもなく、子どもたちがイキイキと絵を描く姿を穏やかに見守っている、それはまさに"子を見つめる母親"の眼差しそのものです。「子どもの幸せを願う母親の心に国境はない」。母性の奥に根ざす深いやさしさに、この活動の発展の秘密があるのかもしれません。

[関連サイト]
NPO法人「アース・アイデンティティ・プロジェクツ」
世界一大きな絵2020

研究テーマ
生活雑貨

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