研究テーマ

真面目とユーモア

科学と聞くと、難しい、お堅いというイメージが強く、ユーモアとはほど遠いもののように思えます。その難解な科学の世界をユーモアと結びつけ、新しい化学反応を起こしてしまったのが、ノーベル賞のパロディ版といわれる「イグ・ノーベル賞」。あまり知られていませんが、日本は米国、英国に次いで3番目に受賞者の多い国。2007年から8年連続受賞者を出しています。今回は、ユーモアとウィット、そしてちょっぴり皮肉に満ちた科学のイベントにスポットを当ててみました。

もうひとつのノーベル賞

1901年、ダイナマイトの生みの親として知られるアルフレッド・ノーベルの遺言で始まったのが、「ノーベル賞(Nobel Prize)」。この賞は、物理学、化学、生理学・医学、文学、平和、経済学の分野で、人類に多大な貢献をもたらした人物に授与されます。世界が固唾を飲んで見守る受賞者の発表は、毎年10月初旬に行われますが、そのひと月ほど前、9月の中頃に、あたかもノーベル賞の権威を笑い飛ばすかのようなユニークな賞の発表があります。それが「イグ・ノーベル賞(Ig Nobel Prize)」。「イグ・ノーベル」とは、「Ignoble(不名誉な)」という英単語と「Nobel」の名前を引っかけた、いわばダジャレのネーミング。日本語に直訳すれば、「恥ずべきノーベル賞」とでもなるのでしょうか。

笑いの精神

イグ・ノーベル賞には選考の基準があります。それは「人々を笑わせ、そして、考えさせる研究であること」というもの。この笑いの精神が最も顕著に現れるのが、ハーバード大学のサンダース・シアターで行われる授賞式で、本家のノーベル賞が「スウェーデン王室に敬意を払う」のに対して、イグ・ノーベル賞は「スウェーデン風ミートボールに敬意を払う」というおふざけぶり。また、受賞者のスピーチに与えられる時間はわずか60秒。スピーチでは人を笑わせることが義務づけられており、しかも、制限時間を過ぎると、ぬいぐるみを抱えた8才ぐらいのミス・スウィーティー・プーと呼ばれる謎の女の子が登場し、「もうやめて、退屈なのよ!(Please stop , I'm bored)」と叫んで、スピーチを中断させようとするそうです。授賞式の間中、観客席からは紙飛行機が飛ばされ、それをモップで片づけていくのが、本家のノーベル物理学賞の受賞者であるハーバード大学の教授であるとか。まぁ、ストックホルムのコンサートホールで行われる荘厳なノーベル賞の受賞式とはうって変わって、羽目をはずした、お祭り騒ぎのような式典です。

真面目な研究

もちろんこの賞は、ただのおふざけではありません。受賞者のほとんどは、立派な研究をなさっているその分野のエキスパートたち。たとえば2014年に「人間がバナナの皮を踏むとなぜ滑るのか」という研究で物理学賞を受賞した北里大学教授の馬渕清資さんは、れっきとした人工関節の研究者。論文の執筆中に、人工関節の滑らかさを"バナナの皮の滑りやすさ"に喩えたところ、ふと「なぜ、バナナの皮は滑るんだろう」という疑問にぶつかり、調べてみると、どこにもそれらしい論文や文献が見当たらない。そこで自分で確かめてみようと思いたち、研究をした結果、イグ・ノーベル賞の栄誉に輝きました。

ユーモアというスパイス

2009年に、「パンダのフンから取りだした細菌を使ってのゴミ処理研究」で、生物学賞を受賞した故・田口文章さんも、もとはといえばウイルス学の研究者。「少しは世の中のためになる微生物を研究したい」と思い、副業として生活に密着した微生物の研究を始め、それがイグ・ノーベル賞の受賞につながりました。田口さんは生前に著された「理科好き子供の広場」の中で、お祭り騒ぎのような授賞式に参加された感想を次のように述べています。「仕事=研究には真面目に励むことが必要であるが、同時に人生を楽しむことも大切であることの意味を知らされた気がしました」(※1)と。また、先に述べた馬淵さんも神奈川新聞のニュースサイト「カナコロ」のインタビューに答え、イグ・ノーベル賞についてこう語っています。「本家のノーベル賞と異なり、笑えるかどうかが最も大事。(受賞者の研究は)なぜこんな研究を真面目にやろうと思ったのか、と感じるものばかり。でもそこに科学の奥深さがある」(※2)
ともすると難解になりがちな科学の研究を、ユーモアでくるむことにより、より身近なものにする「イグ・ノーベル賞」には、普段、日の目を見ない分野の研究に真剣に取り組んでいる科学者たちに、脚光を当てる狙いがあるのかもしれません。

物事に真剣に取り組むことはもちろん大切です。でも、ともすると堅くなりがちな事柄が、ユーモアのスパイスを振りかけることで、味わい豊かになることがあります。真面目な科学を笑いに変える「イグ・ノーベル賞」。そのウィットに富んだ上質な遊び心には、私たちの日常の暮らしを豊かにしてくれるヒントがあるように思いました。
みなさんは毎日の中で、どんな"遊び心"を大切にしてらっしゃいますか?

※1「理科好き子供の広場 第67話」より引用
http://www.rikasuki.jp/rika_no67/rika_no67.htm
※2:2014年10月9日 神奈川新聞「カナコロ」より引用 http://www.kanaloco.jp/article/78805/cms_id/105710

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