研究テーマ

お重という箱

11月半ばのこんな時期に「お重」の話をすると、「少し気が早いんじゃないの?」という声が聞こえてきそうです。そう、お重といえばお正月の「おせちの器」。と、私たち現代人の頭の中では、イメージが固まっています。でも、ほんの少し前の時代までは行楽や運動会などのお弁当箱として、ごく普通に使われていたもの。今回は、そんなお重にスポットを当ててみましょう。

めでたさを重ねる

「お重」つまり「重箱」とは、ハレの日の食べものを盛る箱形の器。その名の通り、二重から五重に積み重ねられる箱で、最上段にはフタがついています。ハレの日の料理の代表格はお正月の「おせち」で、そのおせちを重箱に詰めるのは、「めでたさが重なるように」という願いを込めてのことだとか。
その歴史は室町時代にまでさかのぼると言われ、昭和の前半までは嫁入り道具のひとつとにも数えられて、どこの家庭にも普通にあるものでした。縁起物としてお正月の祝いの席を飾るだけでなく、お節句やお花見、運動会など季節の行事に登場。お赤飯やお寿司を詰めた重箱を囲んで、人の輪ができていたものです。それがいつの間にか「おせち専用」容器のようなイメージとなっていったのは、お赤飯もお寿司も手軽に買えるようになり、ハレとケの食事の区別がなくなってきた現代人の食生活と無関係ではないでしょう。

お重の機能性

取っ手のあるカップ類を安定よく積み上げるデザイン、スタッキングは、アメリカ生まれの着想ですが、日本ではずっと昔から重箱でおなじみの機能です。たくさんのご馳走を積み重ねてすっきり収納しながら、最上段のフタではホコリや虫も防いでくれる。食品ラップなどが無かった時代、さぞかし重宝したことでしょう。
さらに、食べ終わったら大小の箱を順繰りに入れ込んで、一番大きな箱の中に全部収めることができる「入れ子」の構造。行楽弁当の容器として使えば、帰りは往きの半分かそれ以下の体積になってしまいます。もちろん、家庭内で収納するときも場所を取りません。スタッキングできて、収納性にも携帯性にもすぐれたシンプルな四角い箱。それがお重なのです。

特別な日の食卓に

すぐれた機能性に加えて、重箱の魅力は、その美しさにあります。漆器のお重などは、それがあるだけで食卓が華やいでくるのを、多くの人が経験済みでしょう。「一点豪華主義」はファッションの世界などで使われる言葉ですが、食卓の上でも同じことが言えそうです。お正月やクリスマスだけでなく、誕生日や結婚記念日、入学、卒業などなど…それぞれの家庭にはそれぞれの特別な日があるはず。その一つひとつを「大切な日」として食卓で表現できたら、それはきっと忘れられない想い出として心に刻まれるでしょう。そのための美しい器を、ちょっと背伸びしてでも持ってみる。お重は決して安いものではありませんが、一生使える愛用品になるなら、一概に高い買い物とも言えないでしょう。本当の「ぜいたく」とは、そんなことなのかもしれません。

使い方をデザインする

その一方で、特別の日にふさわしい「いい器」を日常で使いこなすという豊かさもありそうです。お重はおせちや行楽弁当のためのものと決めつけないで、日常の暮らしの中で使いこなしてみる。大皿に盛り付ける料理なら、大皿の代わりにお重を使ってみるのもいいでしょう。ホームパーティーなどでは、オードブルやデザート、フルーツなどをお重に並べてみるのもいいかもしれません。お重の内側は朱塗りのものが多いのですが、それは行楽弁当に使った時代に「野山の緑との色のうつりを考えてのこと」と解説するのはプロダクトデザイナーの秋岡芳夫さん(『暮らしのためのデザイン』秋岡芳夫/新潮文庫)。同じお料理を入れても、それをグンと引き立ててくれるのがお重なのです。
ホコリや乾燥を防ぐためにサンドイッチやケーキ類をお重に入れているという人、一緒に夕食が取れない家族のために一食分をきれいに詰めておくという人も。普段の暮らしとは縁がないと思われているお重を上手に使いこなすと、日常の景色がちょっと変わってくるような気もします。
四角い漆器のお重だけでなく、カジュアルな丸重や瀬戸物のお重などもありますので、自分の感覚で選びたいものです。

日本に旅行で来た外国の人が、漆のお椀を持ち帰りアクセサリー入れに使っているという話を聞いたことがあります。モノをデザインするのは作る人ですが、使い方をデザインするのは使う人。シンプルなものほど汎用性も高いのですから、常識に縛られることなく自由に楽しみたいものですね。

みなさんのお宅には、お重がありますか? それを、どんなふうに使っていらっしゃいますか?ご意見をお寄せください。

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生活雑貨

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