研究テーマ

雑穀食堂

「ごはんは白米にしますか? 五穀米(十穀米)にしますか?」ヘルシーメニューを売りにする定食屋さんでは、雑穀米を用意する店が増えてきました。小鳥の餌といったイメージもあり、いくらか低く見られてきたところのある雑穀ですが、食や健康への関心が高まるにつれて、その価値が見直されてきたようです。そんな雑穀をもっと普及させたいと、福島県会津地方で雑穀を栽培し、雑穀料理の食堂を開いている人がいます。

おいしい、やさしい。

左:浅野さん/右:阪下さん

JR磐越西線の山都駅から歩いて5分。国道16号線沿いの「茶房 千」の店先に、第2第4の土日だけ「雑穀食堂」の幟がはためきます。「おいしい」「体にやさしい」をモットーに、雑穀と旬の野菜を中心にした料理とスイーツを提供する食堂です。料理を受け持つ浅野健児さんとマネージメントを受け持つ阪下昭二郎さんのコンビで運営しています。
体調をくずしたとき「食べものと身体」について書かれた本を読んで食に目覚め、雑穀を食べることで身体の変化を実感したという浅野さん。京都大学卒、元プロサッカー選手という異色の経歴をもち、怪我で引退後、地域資源を活かす仕事として農業の道を選んだ阪下さん。雑穀に出会うまでの道のりはそれぞれですが、二人に共通しているのは、雑穀料理を食べて「おいしい」と感動したこと。自ら栽培もしながら、雑穀のおいしさを伝えるために食堂を始めました。

主役・脇役から、その他大勢へ。

雑穀とは「主食以外に利用している穀物の総称」(日本雑穀協会)。白米を主食とする現代の日本では、キビ、アワ、ヒエ、タカキビ、ハトムギ、オオムギといったイネ科作物の他、イネ科以外のソバ、アマランサス、キノア、ゴマに加え、ダイズやアズキなどのマメ類や玄米なども含めて呼ぶことが多いようです。
長い歴史の中で主食が白米になったのはここ数十年のこと。縄文の時代から日本人の食生活を支えてきたのは多種多様な雑穀でしたが、第二次大戦後の食習慣の変化とともに次第に見向かれなくなっていきました。

雑穀の底力

その一方、最近では雑穀を見直す動きも出てきています。というのも、多くの雑穀にはビタミンやミネラル、抗酸化性にすぐれたポリフェノールなどが含まれ、食物繊維も豊富で、健康食品としての価値が認められてきたから。そういえば、おとぎ話「桃太郎」の犬と猿とキジは、「お腰につけたきび団子」がお目当てでお供になりました。きび団子はキビの実の粉で作った団子。鬼退治のときの兵糧でもあったというところに、雑穀の底力を感じますね。
農耕儀礼やハレの日の食材として、また地酒の原料としても使われ、地域の文化と密接に関ってきた雑穀。「雑穀を食糧資源としてきた縄文以来の食文化を伝えることは、現代の食文化を見直すことにもつながる」と阪下さんは言います。

雑穀のおいしさ

雑穀食堂では、主食のごはんだけでなく、主菜、副菜、飲み物やデザートにもさまざまな雑穀が使われます。取材に伺った日のメニューは、「高キビマーボー豆腐定食」「ヒエの天ぷら定食」(各1000円)と、両者を合わせたセット定食(1200円)。黙って出されたら魚の天ぷらとしか思えないヒエの天ぷらは、板麩を魚の皮に、ヒエを魚のすり身に見立てて揚げたもの。挽肉のような食感と旨みをもつタカキビで仕立てたマーボー豆腐、大根とモチアワの黄金煮、モチキビと梅酢のドレッシング…粒の大きさや食感の異なる雑穀を組み合わせた多様な料理は、満腹感だけでなく満足感があり、肉料理中心の食生活に慣れた現代人にも素直に「おいしい」と感じられます。
そんな雑穀のおいしさを伝えるため、浅野さんは畑のそばの一軒家で農家民宿も運営。種蒔きから田植え、草取り、収穫、脱穀までを体験しながら、雑穀料理も楽しんでもらいます。そして日々の暮らしに雑穀料理を取り入れてもらうため、近い将来、料理教室を開く計画も。その視線の先には、「お客さまに出せる技術をもった人を育てて他の土地にも波及すれば、食文化の継承だけでなく、中山間地の問題解決の一つにもなり得る」という思いもあるようです。

雑穀の可能性

阪下さんと浅野さんは、中山間地域の作付け作物としの雑穀にも期待しています。というのも、雑穀の多くは痩せた土地や乾燥した土地、気候条件の不良な土地でも生育しやすく、冷害にも強く、安定した収穫が得られるから。つまり、耕作放棄地になっているような田んぼや畑を活用できるわけで、二人が雑穀栽培のために借りているのもそんな土地です。
現在、雑穀の国内生産量はわずか8%で、せっかく需要が増えてきつつあるのに生産が追い付かない状況だとか。「土地をさほど選ばず、普通の畑ほど手間のかからない雑穀を、空いた畑や庭の片すみで副業的に栽培するのも一つの方法」で、「雑穀の食文化を少しずつでも再生させることにより、その土台である風土を見直し、自然と共生するための未来社会に向けた新たな発信の一画を担えれば」と阪下さんは語ります。

ここまで「雑穀」という言葉を使いながら書き進めてきましたが、これはちょっと失礼な話だったかもしれません。雑草、雑魚など、私たちは自分の物差しに合わないものを「雑」という言葉でひとくくりにしてしまうクセがあります。そして、その冠をつけた途端、個々のものの本当の顔が見えなくなってしまう。アワもキビもヒエもオオムギも、主食として、あるいは主食を補完する穀物として大切にされていた時代は、ちゃんと名前で呼ばれていたはず。雑穀を見直そうとしたら、まずは、ひとつひとつの名前を知ることから始めた方がよさそうです。そして、それぞれのおいしさを知り日々の食事に取り入れることが、自分の健康につながり、同時にまた社会問題の解決にもつながっていくのでしょう。

研究テーマ
食品

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