研究テーマ

お弁当の日

旅先の列車内で食べた駅弁、先生の目を盗んで授業の合間に食べた早弁、遠足の日にお母さんが早起きして作ってくれたお弁当、改まった席でいただいた懐石弁当…お弁当には、人それぞれにさまざまな思い出が詰まっています。そんなお弁当を、子どもの自立のために役立てようという取組が「お弁当の日」。お子さんがいらっしゃる方なら、もう体験済みでしょうか?

子どもが自分で作るお弁当

「お弁当の日」は、子どもが"自分で"お弁当を作って学校に持っていくという取組です。 2001年、香川県の小学校で当時の校長先生だった竹下和男さんによって始められました。何を作るかを決めるのも、買い出しも、調理も、お弁当箱に詰めるのも、後片付けも、すべて子ども自身。親も先生も、その出来具合を批評も評価もしない、というのが約束です。
とはいえ、相手は小学生の子ども。本当にできるのだろうか、という不安は、特に親の側にあったでしょう。そんな心配をよそに、子どもたちは、この取組を通して感謝の心を知り、自己肯定感が育まれ、失敗の中から多くを学び、生きる力を身に付けていったといいます。
そんな好循環は全国に広がり、2015年4月現在、「お弁当の日」を実施している学校は全国で1700校を超えるまでになりました。

お弁当の日の広がり

子どもの食育と自立のために始まったこのプロジェクトは、いまでは、高校、大学、企業にまで及んでいます。本州の大学で初の取組を始めた山口県立大学では、「お弁当の日」が月に2回。毎回テーマに沿ったおかずを一人一品ずつ作って持ち寄る昼食会は、学部や学科の枠を越えたコミュニケーションの場にもなっているようです。そして、スタートから2年後には、食と命について考える「お弁当の日プロジェクト」も発足。地元の魚や野菜で作る料理教室や食育ワークショップを開催するまでになりました。
また、北海道の留萌(るもい)では、留萌振興局内の単身赴任の男性管理職を中心に、「お弁当の日」を実施。食に関心をもち、自分自身の健康を気づかい、同時に家族への感謝の気持ちを促すことを目的としています。

親の学び

一方、この取組を知ってはいたけど、親の方が避けていたという人もあります。その理由は、子どもに作らせると、かえって手間がかかるから。
ところが、「お弁当の日」に指定された遠足の日に初チャレンジしてみたところ、思わぬ結果に。子どもたちはお母さんより早起きして、おにぎりを握り、でき上がったおかずを詰め、水筒にお茶を入れ、お母さんを驚かせたというのです。
たしかに、親としてはつい手を出したくなったり、はらはらしたり、イライラしたり、親の方が試されることもあるでしょう。でも、忙しいから、手間がかかるから、というのは、いわば大人の事情。子どもの自立のために大人がどこまで待てるか、ということが問われているような気もします。「お弁当の日」を通して、大人は見守ることの大切さを学んでいくのかもしれません。

食べることは生きること

『はなちゃんのみそ汁(安武信吾・千恵・はな/文藝春秋)』という本があります。乳がんのため33歳で逝った母親の千恵さんが、幼い娘(はなちゃん)に料理を教え込み、はなちゃんは5歳のときから毎朝みそ汁を作り続けているという内容です。テレビドラマ化もされたので、ご覧になった方もあるでしょう。
自分の病を通して「食が体をつくる、食が命をつくる」ことを実感した知恵さんは、「彼女(はなちゃん)が運命を切り拓く手伝いはやってあげたい」「ムスメが一人でも強くたくましく生きていけるように」という思いから、はなちゃんが4歳になったときから料理を教え始めます。はなちゃんが5歳のとき千恵さんはこの世を去りましたが、二人の最後の約束は、「毎朝、自分でみそ汁をつくること」でした。
千恵さんが生前に綴っていたブログ「早寝早起き玄米生活」は、夫の信吾さんが引き継ぎ、二人家族になった現在までを描き続けています。それによると、本の出版時に小学3年生だったはなちゃんも、いまや中学生1年生。部活に習い事にと忙しい日々のなかで、ごくたまに朝寝坊することはあっても、朝は必ず台所に立っているとか。お母さんが望んだように、体で覚えたことが、そのまま生きる力として身についているのがわかります。

人が生きていく上で、まず大切なことは、自らの身を養うこと。それは経済的な意味だけでなく、自分が食べるものを自分の手で作ることができるという意味でもあります。そのための一歩としての食育活動が、「お弁当の日」。それは、子どもの自立のためだけでなく、親が子離れするための、あるいは人が人として自立するためのプロジェクトといえるかもしれません。
夏休みも近づいてきました。家族で出かけるときのお弁当を子供に任せてみるのもいいかもしれませんね。

研究テーマ
食品

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