子育て・教育のほとりで
子どもが一般の学校ではないオルタナティブスクールに通うようになってから、子育てや教育に興味を持ち、学ぶようになりました。学校外の「多様な学び」や「不登校問題」「海外の教育事情」など、子育て・教育まわりのさまざまな話題を取り上げて紹介していきたいと思います。

親子の対等な関係性

2018年06月27日

親子の信頼関係を築くために

人間関係で最も大切なのは互いの「信頼」ではないでしょうか。信頼できない相手とは、そもそも話ができないし、一緒に何かをやろうという気も起こりません。
ところで、この「信頼」というものは、初めから存在するものではありません。他人と信頼関係を結ぶためには、それなりの努力が必要です。相手の存在を受け入れ、意見を尊重し、お互いのことをよく知ったうえで、ようやく信頼関係は成立するものだからです。
さて、ここで考えてみたいのは、親子の関係です。親子の信頼は、どのようにして築かれるのでしょう。結論からいうと、他人の場合と同じだと思います。親子は血のつながった肉親ですが、でも、子どもは親とは違う別の存在です。親とは異なる人格を持った一個の人間です。なので、互いの信頼関係を築くにはそれなりの努力が必要です。いや、むしろ他人よりも信頼を得るのは難しいかもしれません。なぜなら、初めから「信頼関係にある」と親が勝手に思い込んでいる節があるからです。たとえ親子であっても、「人と人」という関係性は他人と同じ。揺るぎない信頼関係を結ぶには、相手の存在を認め、意見を尊重し、互いのことを知ろうとする努力が必要なのです。

一方的な支配で信頼は築けない

親の目から見ると、子どもは未熟で頼りない存在です。とくに赤ちゃんを見ているとそう思えます。自分で立つこともできないし、物を食べることすらできないのですから。親が何もしなければ死んでしまう存在。だからこそ愛おしく、「この子を守ってあげたい」「だいじに育ててあげたい」と思えるのでしょう。この気持ちが、子育ての原点にあります。そして、ここから親の躾(しつけ)や教育が始まっていくのです。
でも、同時にここに"子育ての落とし穴"があるように私は思います。子どもを「何もできない未熟な存在」として見るあまり、しつけや教育が「頭ごなし」になりがちだからです。親の一方的な価値観や善悪の判断で、「これをしなさい」「あれはしちゃだめ」と教え込みたくなるのです。ときにはキツイ言葉を投げかけ、小さな暴力をふるうこともあるかもしれません。もし、他人からそんなことをされたら、「この人と信頼関係を結ぶのは難しい」と思われるようなことを、親は子に対して平気でやってのけてしまうのです。

親のわがままは許される?

例えば、子どもと一緒に服を買いに行くとしましょう。親は洋服売場で時間をかけてゆっくりと自分の服を選びたくなります。もちろん、子どもは親の服などに興味がないので、「早く店を出たい」「遊びに行きたい」と主張します。親はそれを"わがまま"と受け止め、「静かにしてなさい!」「少しぐらいがまんして!」と、うんざりした顔で言うのです。
でも、ちょっと考えてみてください。この場合、"わがまま"を言っているのはどっちなのでしょう。子どもは興味のない買い物に無理やり付き合わされているのだから、見方を変えれば、親の方が"わがまま"を言っているのかもしれません。それなのに、叱られ、命令されるのはいつも子どもの方ばかり。子の立場から見れば、これはとてつもなく理不尽な扱いを受けていることになります。このような理不尽な「〇〇しなさい」「〇〇しちゃだめ」を繰りかえしていると、子どもとの信頼関係を結ぶのは難しくなってきてしまいます。

「人」としての「子」を尊重する

誰かと信頼関係を結びたいとき、まずすべきは"相手を尊重すること"ではないでしょうか。これは人間関係の基本です。血のつながりのある親子も例外ではありません。
どんなに体が小さくても、頼りなく思えても、子どもは親から独立した一個の人間です。親子の信頼関係を築きたいなら、まずは「人」としての「子」の尊厳を認める必要があるのです。意見や感情の違いがあっても、頭ごなしに否定せずに、命令せずに、子どもの意志を尊重し、その言葉に耳を傾ける必要があります。このような「対等な親子関係」を日々続けていくうちに、子どもは親を自分の"理解者"として認め、信頼関係が形成されていきます。
そして、ひとたび築かれた"信頼関係"は、ちょっとやそっとのことで壊れることはありません。この相互理解の上に成立した揺るぎない信頼関係こそが、「親子の絆」なのだと私は思います。

「親子の絆」は、初めからあるものではありません。もし、あると思うなら、それは親の錯覚でしょう。血はつながっていても、親子は初めから理解し合えているわけではありません。「親子の絆」は、親と子の双方が、長い時間をかけて互いの存在を認め合いながら、少しずつ築いていくものだと思います。
よく「喧嘩するほど仲がいい」と言いますね。気軽に喧嘩できるほどの仲になれば、互いに何でも言い合えるようになり、そうなれば子どもが困ったり、悩んだりしたときにも、親は気軽にアドバイスできるし、子どももそれを受け入れるでしょう。
「親子の対等な関係性」は、これからの時代、良好な親子関係を築いていくうえでのひとつのキーワードになると思います。

(イラスト:中田晢夫)

  • プロフィール くらしの良品研究所スタッフ。16歳の子どもの父親。一般財団法人東京サドベリースクール外部理事。

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