各国・各地で「日南海岸 ─美しい神話の国から─」

自然とともに生きるということ

2014年07月23日

日南海岸を南下すること30分。宮崎県串間市の市木(いちき)地区は、「地上の楽園」という言葉がふさわしい。この地区には日本の原風景を思いださせる田園地帯が広がり、「石波海岸」と呼ばれる海岸線の先は透明度抜群の海に囲まれています。ここは、豊かな生活を求めて都会から移住する人が大勢いる場所。そんな移住者のひとりに、東京生まれ東京育ちの若き猪猟師さんの姿がありました。「僕の場合、人間が本来持っている狩猟本能のようなものが体から沸き上がってくるのを感じ、それに従って猪狩りをしています」。今回は、宮崎の限界集落で猟師となった、桜井求さんのお話。

本物の肉には臭みがある

「一般的に、猪肉はクセがあるというイメージが出来上がっているのかな?」と残念な様子で話す求さん。しかし、本当は食用に飼育される豚肉などにも元々クセがあるのだそう。成長するにつれ男性ホルモンのようなものが分泌されて、それが肉に影響を与えてクセになるから、そうならないよう食用の豚は子豚の頃に去勢しているのです。

臭みを残さずさばくために、「しっかりと血抜きの作業を行うこと」、そして「丁寧にさばくこと」を心がける求さん。ただ単に、駆除目的でとった猪を雑にさばいてしまうと、猪肉独特のクセが強く残るのだそうです。それが稀に市場に出回る事があり、結果「猪肉はクセがある」と悪いイメージを持たれることに繋がってしまう。「食用で流通している肉には、「臭みが無い」のが当たり前ですよね。だけど「臭みがない」食用肉の方が、僕にとっては特殊に感じます」。

猟師だけが味わえるとっておき

一般的に猪肉はボタン鍋(獅子鍋)として食べる事が多いと思いますが、すき焼きやしゃぶしゃぶで食べると特に美味しいのだとか。さらに猟師の特権として、おいしくいただける部位があります。それはなんと、背骨の内側にあるヒレ肉。「新鮮なものだと、刺身でも食べられますよ。地域の特産品販売所等にもあまり猪肉は流通しないので、猪肉が食べられるのは猟師の特権なのかもしれません」。思わずゴクリと喉を鳴らす私に、求さんは「興味があれば、猟に付いてくれば」と笑いかけるのでした。

本当にあった美味しい猪肉

子どもの頃からさまざまな狩猟後の肉を食べる機会に恵まれたが、一度も「美味しい!」と感じた事はなかったという求さん。しかし、「猟師が、食べるために猪をとるのに、その肉が美味しくないわけがないはずだ!」とは、なぜか自信を持って思えたそうです。
「9年程前ですが、宮崎出身の嫁の実家から猪肉が送られてきたんですよ。それを食べた瞬間、いままでの自信が確信に変わりました」。そう目を輝かせ、「宮崎の猪肉は、とても肉として純粋で、初めて猪肉を美味しいと感じたんです」と熱弁します。さらに宮崎について調べると、日本に生息する猪で100%純血というのはかなり稀少だということが分かってきたのだと言います。大体は豚の血が入っているが、宮崎に生息している猪はほぼ純血の個体が多く、より純度の高い猪の肉を食べる事ができるのだとか。

限界集落にみる笑顔と苦悩

宮崎について調べていると、農林業に取り組む方の平均年齢が75歳を超え、今後の後継者が不足しているという、市木地区の抱える問題も見えてきました。もうあと5年もすれば、第一線には出られなくなる先輩たち。そうなれば人が山の手入れを出来ずに実りが減り、本来は人目につく危険をおかさない猪が、里に出て畑などを荒らしてしまいます。山の管理を出来る人間や後継ぎの猟師が徐々に減っていることが、最も懸念されているのです。
猪狩りは重労働なうえ、必ず毎回とれるわけではありません。しかし猟師のおじちゃんたちは、猪がとれようがとれまいが、いつも楽しそうに笑いながら過ごしている。「僕が後を継ぐ事によって、これまでと同じようにみんなで笑い合っていられる生活が続いたらいいなと思い、猪猟師になる決意をしました」。

魅力あふれる狩りの世界

猪狩りは、互いの長所を活かし合ってチームで行われます。3~15人がそれぞれの役割を持ち、得意な分野を掛け合って大きな力を発揮するのです。数ある狩猟方法のなかでも、最もメジャーな手法である「追跡猟」と「罠猟」の2つの方法を主に用いて猪を狩る求さんたち。若手の求さんは、体力や耳の良さを活かして率先して猪の動向を探り、メンバーを誘導する役どころ。「100キロを超える大物もいる猪をしとめるために、猪や猟師の動きなどを秒単位で計算しながら山の中を動き回るんです。そのダイナミックさと繊細さの両極端を持ち合わせたところが、猪狩りの面白さだと思います」。

猪狩りの当事者として、「食べる」という断片的な部分だけでなく、チームや猟犬が無事に事故なく終えられることなどの大前提を踏まえて初めて「猪肉を食べる」という行為に意味が出てくると求さんは考えています。猪狩り全体を通して生に対する喜びや悲しみを、肌で感じ取れるのだと。「僕は後継者として当分宮崎にいるつもりなので、とれたての猪肉や猪猟に興味のある方がいたらぜひ、宮崎まで見に来て欲しいですね」。イキイキと頼もしく語る求さんを見て、次に訪れた際は一緒に山へ入り自然の味を全身で感じたいと思ってしまうのでした。

プロフィール
桜井求さん(猪猟師)
東京生まれ、東京育ち。ある時食べた宮崎の猪肉の純粋な味に感動し、南九州最大規模の猪猟師グループの後継者として約8年前に宮崎県串間市の市木(いちき)地区に移住。猪狩りと並行して、猟犬の育成や、犬に特化したオーガニックシャンプーの開発、そして今や希少なニホンミツバチの育成や蜂蜜の採取等の活動を通し、自然環境を保護するための活動を行っている。

  • プロフィール 久志尚太郎
    音楽やアート、旅や食が好きです。
    高校時代のアメリカ留学を経て、20代前半に世界25カ国放浪。
    25歳から宮崎県串間市で人口1000人高齢化50%の村での田舎暮らしを経験し、現在は東京を拠点に都会と田舎、世界と日本を行ったり来たりしています。

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