特集 | 2017 WINTER
いつもの週末を非日常に

島で走る

あそんだ人◯小林美和/柴田千恵子

どこか遠くへ。
時折、そんな旅への憧れが顔を出す。
そんなとき、いつもの週末くらいの気軽さで
遠くを味わえたらどんなにいいだろう......!
というわけで、週末のランニングを、
いつもの公園ではなく、島で。
金曜日、仕事を終えたら港に向かい、
小さな荷物で夜の都会から船出する。
朝になれば、そこはいつもとは全然違う、
非日常が待っている。

夜遅くに出発した船が早朝に到着したのは伊豆大島。宿に荷物を置いて朝食を食べたら、島を足で味わう旅ランがスタートする。
名物の大島牛乳を片手に、船が発着する港のある元町を散策。少し走った先で、神社を発見。参道を上っていくと神々しい森が広がり、その奥に静かに神殿が佇んでいた。
バスで島南部の波浮まで移動。バス停のある見晴台から、真っ青な湾を臨む。
かつては旅館や料理屋が並び、船乗りや観光客で賑わったという波浮の町。今はそのレトロで静かな佇まいが人気。島名物のべっこう寿司に舌鼓を打って、しばし観光気分を味わう。
町を抜け、坂を登り、海は見えては隠れ、隠れては見え、時に遠くに隣の島の姿を臨みながら走る。癒されたり、驚かされたり、どんどん変わる島の風景は旅ランの2人を飽きさせない。

走るは日常。島は非日常。
週末の島ラン旅行記。

島で走った人/小林美和・柴田千恵子

時計を見ない週末はいつもよりずっと長かった 小林美和

友人の千恵子を誘って、伊豆大島にひょいと週末トリップしてみた。旅の目的は「走る」。だから、家を出るときからランウェア着用。張り切りすぎ? な気もするけれど、近所を走る気分で「ちょっと走りに大島へ!」という旅をしてみたかったから、ばかばかしさも含めアリということにした。コースは、島の南端のレトロな港町・波浮から、北端の野田岬へ向かう島の西側を巡るルート。フォトスポットもリサーチ済。

夜十時に船に乗ったら、陽が昇る午前六時には大島に着く。なんて効率的! 新しい一日の一歩目が島への上陸だということにも、テンションが上がった。


大地に鍛えられ、景色に励まされる

走りはじめて早々、私は気づいた。島は坂が多いんだってことに。古い建物が残る石畳の街を抜け、潮の匂いのする海沿いを走り、また古い民家が建ち並ぶ町を抜け......上っては下って、また上って......! 涼しい顔で楽しく走るつもりが、ちょっとした強化合宿。でも、もう少し! と足を進めると、目の前にどーんと表れたのは、名所の地層切断面! あまりの迫力に、思わず「わあーーー!」と声が出た。島のツンデレにまんまとやられて、疲れも一気に吹っ飛んだ。

濃紺の海、黒い岩場、海風に吹かれながら立つ力強い松......走るスピードで出会った島の自然は、生命力に溢れて、色も濃い! そんな力強い景色に感化されて、「よーし、もう少し!」と、気合いが入った。


自然の中に流れる時間に身を委ねて

強い海風に吹かれながら野田岬までたどり着いたころ、太陽もずいぶん傾いてすっかり日の入り体制。そういえば、大島に来てからほとんど時計を見ていなかった。それもそう、次々と登場するエネルギッシュな自然に圧倒されて、時計というものさしを気にする余裕が全くなし。それに、時計を見なくても、太陽が西に傾いてきたとか、風が冷たくなってきたとか、お腹が空いてきたとか、身の回りの自然と、それに馴染んだ身体のリズムで、時の流れは十分に把握できた。

たった一日半だったのに、とても長い時間をここで過ごしてたような不思議な気分。時間がゆったり感じられたのは、普段縛られている時間を、意識せずに過ごせたからかな。いつもの週末の倍の時間を過ごせた気分だし、 汗を流して、感動して、リラックスして。一石何鳥かわからないくらいの週末旅だった。

走るという目的が旅を自由にしてくれた 柴田千恵子

金曜の夜。仕事を終えてダッシュで家に戻り、荷物を掴んで港へ向かった。出航は十時。キラキラ輝く都会に見送られ、船は伊豆大島を目指す。

いつもの週末は、近所の公園かジムで、一人黙々と走っている。だから、友人の美和に「週末に伊豆大島で走ろうよ」と誘われた時は、二人で一緒に走る、知らない場所を走る、ということに好奇心を刺激されて、「いいよ!」と二つ返事で行くことにしたのだ。

船が出港してしばらくは、甲板で夜景を眺めていた。最初は、その美しさと旅に出るわくわく感を味わいながら、二人で写真を撮り合ったりしていたけれど、東京タワーが遠くの光の群れのひとつになる頃には、ちょっとさみしいような気持ちにもなった。

たまに日常から脱出したくなるのに、離れる時は、ほんのちょっとだけセンチメンタルな気分になる。


走りながら島に溶け込んでいく

今回は、伊豆大島の西側を北上する、島半周ランに挑戦。起点の波浮の街から走りはじめたとたんに、見慣れない島の景色がばんばん目に飛び込んできた。

真っ黒で荒々しい溶岩の岩場、坂を登りきると広がる大きな海。地表に露わになった波打つ地層断面。街の中では、島ならではの珍しい地名の標識を見つけたり、急な斜面に立つ家々の間を抜ける道を通ったり。どんどん目に飛び込んでくるそれらの景色は、観光客として「見る」というより、手を伸ばして自分の中に「捕まえる」ように感じられた。

そうして気がつくと、初めて来たこの島に、前からいたかのような気分に包まれていた。土地に溶け込んでいくような、受け入れられているような。それは、点ではなく線で島を辿り、自分の足や目や感覚の全てで島を味わった特権かもしれないと思った。


目的があるから自由にあそべる

帰りは高速船に乗り、日曜の夕方にはいつもの街に着いていた。島で走っただけなのに、目一杯あそんだ満足感があった。旅行ではいつも欲張って、アレもコレもと忙しく自分に課してしまうけれど、「走る」という単純な目的で旅したおかげで、余計なものを手放して、自由に楽しめた気がする。

しかし、とても遠くへ行った気分なのに、伊豆大島っていつもの東京都内なのだった。なんだか狐につままれたような気もしながら、この週末は気持ち良いくらいあっという間に終わった。

こばやしみわ(左)|1981年北海道生まれ、千葉県育ち。音楽家。おいしいものに目がない食いしん坊。フットワークの軽さに自信あり。
しばたちえこ(右)|1980年兵庫県生まれ、神奈川県育ち。会社員。観たい音楽ライブがあれば、全国どこでもひょいと足を伸ばす。

いっしょに読む